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性犯罪改正(2)

生徒や就活生に対する性犯罪の実態…性犯罪に時効は必要か?性的同意年齢「13歳」に異論も

文=林夏子/ライター
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「gettyimages」より

 文部科学省の調査によると、2018年度に全国の公立小中高校などで、わいせつ行為やセクハラを理由に処分を受けた教員は過去最多となった。学生が就職活動中にセクハラ被害に遭う就活セクハラの実態も明るみになった。性犯罪の刑法改正によって、このような性暴力から被害者を守ることができるのか。今回の改正で問題となっている、公訴時効の撤廃・延長、性的同意年齢の引き上げ、立場の違いを利用した性犯罪について検討する。

性犯罪の公訴時効撤廃・延長は被害者救済になるか

 昨年10月に法務省で行われた性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査で、一般社団法人Spring(以下、Spring)のAさんは4歳から10歳までの6年間の性被害を告白している。被害を受けている最中から解離症状により性虐待の記憶がなくなり、25年後に記憶がよみがえったときには時効期間が経過しており、告訴できなかったという【※1】。

 Springは、幼少期に受けた性暴力について次のように説明する。

「家庭内や依存関係のある中で性的虐待にさらされると、子どもは逃げるよりも順応する『未成年性的虐待順応症候群』(ロナルドC.サミット<1983年>)に陥る。絶望的な状況の中、精神的に生き残るための術だが、同時に、無力感、自責感を強め、解離や解離性同一性障害、性的非行、自傷行為、希死念慮、うつ、摂食障害、反社会的行為などを引き起こす。性的要求を受容してきた自責感から、大人になっても自分が被害者だと気づくことができない」(Spring)

 性被害者のPTSD(外傷後ストレス障害)発症率は60%に達するといわれている。被害者は性被害により、「自分は安全だ」「自分は価値がある存在だ」という認識を根底から破壊される。無力感、自責感を強めたり、事件の記憶にふたをして恐怖を閉じ込める解離状態に陥ったりするなど、さまざまな心理的反応を引き起こす。記憶を取り戻しても、事件を受け入れ、被害を訴えるまでにはさらに時間が必要だ。

 このような性犯罪の特殊性が考慮され、公訴時効を撤廃もしくは延長している国がある。イギリスでは性犯罪に時効がない。フランスでは未成年者に対する性犯罪は未成年者が成人になるまで時効が停止し、2018年の改正で、時効期間は満20年から満30年に延長された。

 これに対し、安田拓人・京都大学教授(刑法)(以下、安田教授)は時効の撤廃または延長について次のように指摘する。

「性犯罪は密室の犯罪であり、直接犯行を裏付ける証拠がないと、どちらの供述を信用するかになってしまう。時効を撤廃・延長することは可能であるにしても、有罪を勝ち取れるかは別の問題だ。被害者に思い出したくもないことを供述させた上で訴えることがどれだけ大きな負担になるかを考えると、提訴できるだけでは被害者救済にならないのではないか」(安田教授)

 この指摘に対し、Springは、被害者から告訴の選択肢を奪わないことが被害者救済になるとする。

「被害者にとって、性被害を『なかったことにしない』行動は被害者の回復の過程で大きな影響を与える。『声を上げられた』こと自体が、被害者にとって自分自身には力があるんだと感じることにつながる」

「最近は、スマートフォン等の発達により、やり取りが残っていることや、加害者側が写真や動画を残していることもある。全国の警察や産婦人科にレイプキットが配備され、DNA証拠等を長期保存する体制があれば、犯罪事実と向き合う気持ちになったときに、告訴することも可能だ」(Spring)

 誰でも簡単に動画や画像を記録できるようになり、直接犯行を裏付ける証拠が残る可能性がある。また、医療機関や警察にレイプキットが配備され、身体的な証拠が保全される体制が確立すれば、当事者の供述のみに頼らず立証が行える。何より、加害者を刑事告訴することは、性犯罪により深く傷つけられた人権を取り戻す重要な手段だ。

「13歳」という性的同意年齢

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 性的同意年齢を「16歳未満」に引き上げるよう求める声も高まっている。

 現行刑法では、被害者が13歳以上であれば、成人と同様に強制性交等罪(刑法177条)が適用され、「暴行」「脅迫」要件がなければ犯罪は成立しない。性に関する知識も経験も乏しい中学生が教師との性行為を拒否できなかったとしても、暴行脅迫がなければ刑法上の性犯罪に問えない。児童福祉法および各都道府県の青少年保護育成条例(いわゆる淫行条例)で処罰の対象となるものの、強制性交等罪に比べて刑罰が軽く、「淫行(みだらなおこない)」という捉え方も保護の実態に合わないという指摘もある。

 安田教授は、性的同意年齢を義務教育終了まで上げることは女性が16歳で結婚できることとの整合性も取れるとした上で、次のように指摘する。

「同意年齢を上げるということは、同時に性的自由を奪うことになる。教師や親からの性被害から守られる一方で、理論上は中学生同士のカップルのキスや性行為も犯罪となってしまう。また、知的障害者の同意能力を低いものと考えるかという議論もあるが、性的自己決定の自由を奪い、自由な恋愛の機会も奪うことになる」(安田教授)

 規制を強めれば、他方で自由を奪う。刑法改正を訴える市民団体の作成した改正案(叩き台)【※2】では、16 歳未満同士の性交渉を除外することでこの批判を回避するが、これによっても17歳と16歳の性行為は処罰の対象となるなど、問題は残る。

 もっとも、2017年の刑法改正により、18歳未満の者に対する監護者による性犯罪は、「暴行」「脅迫」がなくても犯罪となった(監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪 刑法179条)。安田教授は、監護者以外の、子どもが被害に遭いやすい類型について、次のように示唆する。

「教師による性犯罪は、非常に起こりやすい類型だ。教師は、成績評価もあるし、一緒にいる時間も長い。学校の教師だけではなく、塾講師、スポーツインストラクターなど指導的立場にある者は、子どもにとって絶対的権力者になり得る。支配的関係にある18歳未満の者に対する性行為を処罰するため、『監護者』(刑法179条)の適用範囲を拡げることは十分考えられる」(安田教授)

立場の違いを利用した性犯罪にどう対処するか

 監護者わいせつ罪及び性交等罪(刑法179条)は、18歳未満の者を保護するものだ。しかし、18歳以上でも就活生と採用担当者や上司と部下など、地位や立場を利用され、望まない性行為を強要される場合がある。その場合はどうしたらよいか。

「私の意見としては、『抗拒不能』(刑法178条)を柔軟に解釈して、就活生と採用担当、上司と部下など支配関係があれば、『抗拒不能』の一類型として認定していくことが可能だと考える。ただ、抗拒不能要件は最高裁判例もなく、岡崎支部の判決【※3】のような不当に厳しい基準での判決が出るなど、解釈が安定していない点に問題がある」(安田教授)

 解釈の安定していない抗拒不能要件を撤廃し、地位や関係性を利用した性犯罪規定を創設すべきとする意見も出ている。

 前述の市民団体の改正案は「現にその者を監護又は介護する者、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同種の性質の関係にある者」からの影響力を利用した性被害を処罰の対象としている。

 切羽詰まっている就活生は藁にもすがりたいと思っている。上司の誘いを断れば、仕事に影響するかもしれないと考える。対等でない関係でその影響力を利用したわいせつ行為やセクハラは、暴行脅迫がなく形の上で同意があったとしても、犯罪としていくことが必要だ。

 立法論として、現行法の条文解釈によって認定するか、条文を創設するかについては意見が分かれるが、条文を創設し、要件を明確にしたほうが、被害者は訴えやすいのではないだろうか。

性犯罪の実態に即した法改正を

 2019年12月の伊藤詩織さんの勝訴判決は、民事ではあるが、社会に大きなインパクトを与えた。フラワーデモのきっかけとなった岡崎支部の判決は逆転有罪判決が出た。刑法改正の検討会にSpring代表の山本潤氏が入った。被害者の声の高まりによって、司法判断や性犯罪が変わろうとしている。

 ――被害の現場で、被害者は恐怖や驚きで抵抗できない。被害に遭ったことで自分を責め、うつやPTSDに苦しみ、ようやく被害を訴えられるようになったときに時効の壁が立ちはだかる。生徒や就活生に対する性犯罪など立場を巧みに利用する加害者像――このような性犯罪の実態に即した改正を、被害者が泣き寝入りせず訴えることができるような改正を、期待したい。
(文=林夏子/ライター)

【※1】「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ(第10回)

【※2】「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(叩き台)」(刑法改正市民プロジェクト)

【※3】2019年3月、名古屋地裁岡崎支部が中学2年の頃から性虐待を続け、19歳になった娘と性交した父親に対する準強制性交等罪の事件で、父親に無罪判決を言い渡した。

【参考資料】
見直そう!刑法性犯罪」(一般社団法人Spring)

『性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック』(立花書房/田中嘉寿子)

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