その後継をめぐり、久実氏の従兄弟にあたる窪田社長ら経営陣と、久実氏の妻の三枝子氏と息子で常務だった智仁氏が対立した。智仁氏は中央大学法学部卒。大戸屋のメインバンクである三菱UFJ信託銀行に新卒で入行し、2年務めた後、大戸屋に入った。当時、26歳と若く、三菱UFJ信託銀行も大戸屋経営陣も智仁氏を後継者にすることに難色を示した。大戸屋コンプライアンス第三者委員会(委員長・郷原信郎弁護士)がまとめた調査報告書が綴る15年9月8日の出来事は、テレビドラマ顔負けの面白さである。

<三枝子夫人は遺骨を持ち、背後に位牌・遺影を持った智仁氏を伴いながら、裏口から社内に入ってきて、そのまま社長室に入り、扉を閉めた上、社長の机の上に遺骨と位牌、遺影を置き、その後、智仁氏が退室し、窪田社長と二人になったところで、窪田氏を難詰した>

 窪田氏はメモを残していた。

<三枝子夫人は、30分ほどにわたり、窪田氏に対し、「あなたは大戸屋の社長として不適格。相応しくないので、智仁に社長をやらせる」「あなたは会社にも残らせない」「亡くなって四十九日の間もお線香を上げに来ない」「何故、智仁が香港に行くのか」「私に相談もなく勝手に決めて」「智仁は香港に行かせません」などと述べた>

 この事件が社内では「お骨事件」と呼ばれていたことまで報告書に記されている。16年2月、智仁氏は大戸屋を去った。

相続税を払うために保有株式をコロワイドに売却

 大戸屋の創業家と経営陣の対立は、煎じ詰めれば8億円とされる功労金の問題だった。創業家は相続税を支払うために遺産相続した大戸屋株式を売却すれば、会社と縁が切れる。これを最も怖れていた。大戸屋は17年6月28日、定時株主総会で創業者の久実前会長に功労金2億円を支払う議案を可決した。智仁氏と三枝子氏は相続した大戸屋株を担保に銀行から融資を受け、相続税を支払った。しかし、2億円の功労金では足りない。最終的には、コロワイドに保有株を30億円で売却して借金の返済に充てた。未人側にとっても、大戸屋の経営陣にも最悪の結末となった。

 大戸屋を去った智仁氏は16年2月、スリーフォレストという新興の宅配サービス会社の社長になった。介護を必要とする高齢者が簡単に外食チェーンのメニューを注文できる「ハッピーテーブル」というサービスである。しかし、高齢者向け宅配サービスは激戦区。最後発のスリーフォレストがどこまで食い込めるか。首を傾げる向きが多かった。

値上げで客離れを起こす

 その智仁氏が、コロワイドの株主提案の取締役候補に名前を連ねていたから大戸屋経営陣は驚いた。智仁氏はメディアの取材に「(コロワイドの)野尻公平社長が『大戸屋を日本一の定食屋にしたい』と言われ、涙が出た。創業者の理念を一番近くで見てきた自分が力添えしたい」と語っている。コロワイド側は、智仁氏を自分の陣営に抱き込むことで、「創業家の意向」を大義として掲げることができる。大戸屋のFCオーナーには、創業者の久実氏の信奉者が少なくない。

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