SixTONES京本大我とSnowMan佐久間大介の母がいた3人組アイドルの噂を検証の画像1
2014年にテイチクエンタテインメントより発売された『きゃんきゃん コンプリート・ベスト』。写真左よりメンバーの唐沢美香、桜井直美、山本博美。中央の桜井直美は現在のSnow Man佐久間大介の母とされる人物であり、右の山本博美は現在の俳優・京本政樹の妻でありSixTONES京本大我の母でもある人物である。

 近年、インターネット上のまとめサイトなどで取り上げられているジャニーズ関連の真偽不明の情報に、SixTONES京本大我の母親とSnow Man佐久間大介の母親はどちらも元アイドルで、2名とも同じグループに属していた……というものがある。

 2020年1月にCDデビューした(結成は2015年)6人組アイドルグループSixTONES。そのメンバーのひとり京本大我の父親が俳優・京本政樹であることは公表されており、父子で『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演したこともある。京本政樹には2度の結婚歴があるが、短期間で離婚した初婚の相手との間に子どもはいなかった。そして、再婚相手が、「キャンキャン」というアイドルグループの元メンバーで、解散後にタレント活動をしていた山本博美(「山本ひろ美」名義だった時期も)という女性である。そのことは、1991年の結婚当時、メディアで大々的に報道されている。

 そんな京本政樹の息子である京本大我の公式なプロフィールに母親に関する情報はなく、母子で露出することもない。だが、父親が京本政樹である以上、大我の母親が山本博美であることはほぼ間違いないだろう。

Snow Manの佐久間大介と鼻の形がまったく同じ

 一方、SixTONESと同じく2020年1月にCDデビューした(結成は2012年)9人組アイドルグループがSnow Man。そのメンバーのひとりである佐久間大介の母親については、ネット上の情報のみならずファンの間でも、「同じキャンキャンに属していた桜井直美という人物である」ということが、既成事実のように語られている。

 京本大我以外にも、Hey!Say!JUMPの知念侑李(父親は体操五輪メダリストの知念孝)、同じく岡本圭人(父親は元男闘呼組の岡本健一)のように、ジャニーズ事務所が、所属タレントが著名人の子息であることを公表した例はゼロではない。現在はロックバンド・ONE OK ROCKのTakaとして活動する森内貴寛はNEWSの元メンバーであるが、彼の両親が演歌歌手の森進一・森昌子(2005年に離婚)であることも当初から報道されていた。

 だが、佐久間大介の母親については、オフィシャルな発表がなく、本人もそれについて具体的に言及はしていない。ただ、“桜井直美の息子がジャニーズ事務所にいる”という噂は5~6年前からごく一部のジャニーズマニアの間で話題になっていた。また、大我と佐久間は公の場で、家族ぐるみの付き合いがあり、幼少時より一緒に遊んでいた……といった旨の発言を、母親同士の接点には触れないかたちで何度かしている。そして何より、桜井直美と佐久間大介は顔が非常に似ており、特に特徴的な鼻の形がまったく同じといってもよいくらいである。

 決してネームバリューがあったわけでもない元アイドルが、ジャニーズの若手人気グループのメンバーのひとりである佐久間の母親である……という情報は、今後もジャニーズ側が公式に認めることなどないだろう。とはいえ本稿では、上述したようないくつかの理由から、「佐久間大介の母親は元キャンキャンの桜井直美でほぼ間違いない」という前提で話を進めていこうと思う。

中森明菜、小泉今日子、シブがき隊らと同期デビュー

 さて、現在の人気ジャニーズメンバー2名の母親が若かりし頃に同時に属していたと思われる「キャンキャン」とは、どんなグループなのだろうか? ネット上の情報には、「かわいいですね。きっと人気が高かったのでしょう」「当時、かなり人気があったグループなのではないでしょうか?」などと、当時のアイドル事情に詳しい者からすれば的外れな推測が書かれているが、それらの書き込み主がソースとしていると思われるWikipediaには未掲載の情報も折り込みながら、ここに解説していきたい。

 キャンキャンは、史上空前の新人アイドルの当たり年である1982年に歌手デビューした3人組ユニットである。

 キャンキャンが活動した時期のアイドルシーンには、まずはあの松田聖子がトップに君臨し、同じ1980年デビューの河合奈保子、柏原芳恵がそれに続くポジションにいた。また、その三者とは異なり女優活動に軸足を置いていた薬師丸ひろ子が、カリスマ的人気を誇っていた。

 全芸能界的に、“時代はアイドルを求めている”と判断されたのだろう。各大手芸能プロダクションは、1982年春に有力新人を同時多発的に送り出している。

 3月21日に小泉今日子(バーニングプロ)、堀ちえみ(ホリプロ)、三田寛子(スターダスト)が、4月21日に石川秀美(芸映)と早見優(サンミュージック)が、5月1日に中森明菜(研音)が、続々とデビューしていく(カッコ内は当時の所属プロダクション)。また、前年10月のデビューで、新人としては82年組扱いとなる松本伊代(ボンド企画)は、すでに人気アイドルの仲間入りを果たしていた。

 1982年春には、ほかにも多数の新人アイドルが歌手デビューしており、そのなかにはのちに女優として活動した北原佐和子(オスカー)、初期の『笑っていいとも!』(フジテレビ系)に出演していた渡辺めぐみ、大映ドラマのヒロイン・伊藤かずえ、のちにシブがき隊の布川敏和と結婚するつちやかおり、のちに野々村真と夫婦となる坂上とし恵(渡辺プロ)など、なんらかの形で芸能界に名を残すこととなる面々も多数含まれていた。また、男性アイドルではシブがき隊(ジャニーズ事務所)が圧倒的な存在感を放っていたが、ジャニーズ以外の新人もゴロゴロといた。

 そんな1982年3月以降、こうしたニューフェイスたちが怒涛のメディア露出を果たしていく。テレビをつければ新人アイドルの誰かしらが出ている……そんな時代だった。ただ、そのなかで生き残れるアイドルの数は限られている。つまり、キラキラしたステージの上で、苛烈な生存競争が展開されていたということになる。

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