地元人脈を優遇

 06年5月、IT業界初の日本経団連会長に就任するとともにキヤノンの会長になった。このあたりから経営がおかしくなった。第7代社長には内田恒二氏が就任した。内田氏は京都大学工学部精密工学科を卒業した技術者だが、佐伯鶴城高校の後輩。財界活動に軸足を移している間に実権を奪われないように、同郷で高校の後輩の内田氏を起用したといわれた。

 名声が地に堕ちる出来事があった。09年2月に火を噴いたキヤノン大分工場の建設を巡る裏金事件だ。コンサルタント会社大光の大賀規久社長が大手ゼネコンの鹿島建設の裏金を手にし、法人税法違反(脱税)で逮捕された。

 鹿島はキヤノンの子会社から大分工場の土地の造成や建設工事を請け負ったほか、川崎市のキヤノン研究所工事を受注した。総額で850億円のビッグプロジェクトである。大賀氏は、これら事業を鹿島が受注できるように仲介した見返りに、大光などグループ会社3社を受け皿に34億円の資金を受け取っていた。これら脱税資金を元手に親族名義で30億円相当のキヤノン株式を購入していた。

 大賀氏が巨額の裏金を手にできたのはなぜか。経団連会長の御手洗氏の後ろ盾があったからではないのか、と取り沙汰された。御手洗家と大賀家は親の代からの付き合い。御手洗氏と大賀氏の実兄は佐伯鶴城高校の同級生で親友。弟の規久氏は同窓生だった。御手洗氏は「キヤノンも私も事件には関与していない」と完全に否定した。経団連会長を2期4年務め10年に退任した。

隣町出身の真栄田氏を社長に起用

 リーマンショックやタイの洪水被害により業績不振に陥る。12年3月、内田氏が社長を退き、御手洗氏がキヤノン社長に復帰。会長と社長を兼務した。

 株主の反応は厳しかった。13年3月に開催された定時株主総会で御手洗氏の再任の反対票が3割近くに達した。前年は9割以上の賛成があった。賛成率が7割にとどまったことは、かなりの株主が御手洗氏の社長復帰に「反対」との意思表示をしたことになる。

 16年3月、第9代社長に真栄田氏が就任し、御手洗氏は会長兼CEOに戻った。真栄田氏は九州大学工学部卒のカメラ技術者。大分県佐伯市と県境を挟んだ隣町の宮崎県延岡市の出身だ。同郷とほぼ同協といえる出身者を社長に起用したと揶揄された。

カメラも事務機も成長力を失う

 御手洗氏は焦っている。かつて、利益のほぼすべてをカメラと事務機(複写機とプリンター)が稼ぎ出していた。ところが、リーマンショックで環境は一変。世界トップシェアを誇ったデジタルカメラはスマホに浸食されて売り上げが落ち込み、プリンターの販売は低迷した。カメラも事務機も成長力を失った。ビジネスモデルを転換しなければならない。

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