ビジネスジャーナル > 社会ニュース > なぜ安倍政権は早期対策を怠ったのか
NEW

今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?

文=藤野光太郎/ジャーナリスト
今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?の画像1
参議院予算委員会、新型コロナウイルス関連の緊急経済対策を盛り込んだ2020年度補正予算案の採決が予算委員会で行われ全会一致で可決(写真:日刊現代/アフロ)

感染が広がった今ごろになって「やはり検査拡大を」と

 今、日本ではまるで新型コロナ・パンデミックの「終息」が目前であるかのような政府広報と、それをアナウンスするメディア報道が浸透し始めている。

 国民は「そうか」と錯覚して安堵しがちだが、政府は「自粛を順次、解除していく」と言いながら、他方では「第1波が終わりかけているが、第2波が来るかもしれないから要注意!」と警鐘を鳴らす。

 普通に考えれば、この矛盾は誰にも解消できない。要するに、政府にも専門家にも「今後どうなるかはわからない」のであり、どっちに転んでも言い逃れができるように、広報窓口を分けて「アリバイとなる言質を複数、残しておきたい」のである。前回の記事で述べた「ウイルスが懸けた保険」と似ている。安倍政権は、国民が駆除すべき「新型“政治”ウイルス」なのか?

 政府が片方の揺さぶりで広報する「第2波」は、これも前回伝えた「多数の死者を出している欧米の変異ウイルス」によるものらしい。5月8日17時現在、世界の累積感染者数の公表値は約397万8000人、累積死者数は約27万4000人、回復/退院者数は約137万2000人。公表された同日のリアルタイム感染者数は、「累積感染者数-(累積死者数+退院者数)」=約233万2000人ということになる。

 世界では新型コロナウイルス感染症で毎日、4000~7000人が死亡しているが、不思議なことに日本は死者数もかなり低い。単なる計算ミスなのか、日本またはアジアの特質なのか、ほかの接種ワクチンとの相関か、それとも意図的操作による偽装か、いまだに不明だ。

 だが、少なくとも日本よりは情報公開が常識化している欧米では、マスコミも医療専門家も政府発出の統計に腑抜けた忖度はせず、国民の知る権利に比較的高い水準で貢献している。学者・記者の職責意識が高く、政府の意向を日本ほど過剰に忖度したり権力に迎合したりはしないからである。

 たとえば、日本のマスメディアはなぜか一切報じないが、感染症・ワクチン研究に関する世界的権威「パスツール研究所」は4月21日、「フランス人のほぼ6%が感染しているはずだ」との驚くべき実態をホームページで公表した。フランスの人口は約6700万人だから、そのうち「約400万人がすでに感染している」という報告だ。

 職責に忠実であれば、仮に政府発表と異なる結果でも堂々と発表するわけだが、この数字は、フランスだけで各国・各機関のダッシュボードに公示された前掲日付の「世界の感染者総数=約397万8000人」とほぼ同数になる。前回、米カリフォルニア州シリコンバレーの感染実態が公式集計の50~85倍だったことを伝えたが、各国で感染者の実数が把握できないのは、あれだけ検査をしていても検査実施数がおぼつかず、対策のための近似値を導く統計値の試算射程までには至らないからである。

 前回も述べたように「感染者数の大きさに比例して致死率は下がる」が、同時に「死者数の絶対値」は上がるため、やはり感染拡大は見過ごせない。しかも、流行期が1~3月となる日本のインフルエンザとは違い、その時期を過ぎても死者が出ている新型コロナの流行期はまだ限定されておらず、「感染と死」は今のままだと増減を繰り返しながら際限なく続くからである。

 厚生労働省が発表している推計値では、例年のインフルエンザの国内死者数は約200~1800人/年、本連載の初回に述べた「間接的な死亡も合算した超過死亡概念」では約1万人とされている。新型コロナで多くの比率を占める高齢者の「死」のすべての確定診断がPCR検査で確認されていなければ、「インフルエンザに比べて新型コロナによる死者は少ない」という言説は、少なくとも、ワクチンも治療薬もない今の時点では意味がない。

 本連載の初回から述べてきたように、対策は実態把握を前提とし、実態把握は素早い検査実施数の大きさに依存する。しかも、前回述べたように、検査後に感染すれば、その瞬間に検査結果の数字は意味を失うため、PCR検査は速攻で広く実施すべき施策だった。感染が広がり医療の受け皿が患者数に対応できなくなってしまった今ごろになって、専門家や執政者が「やはり検査数の拡大を」などと公言すれば、誰もが呆然とする。

 早い時期に行政が感染の実態を把握して感染分布と感染経路を押さえていれば、死者も今よりははるかに少なかったはずだし、自粛も早期に解除できたはずだ。もし「感染と死」の少ない理由が日本の特殊事情によるものであれば、なおのこと、国民としては対策の是非を問題視せざるを得まい。なぜ、日本では「素早いPCR検査」がなされなかったのか。

 問題は「対策の順序とタイミング」、そして「政治的思惑」である。

厚労省が医療現場に「合法的に診療拒否する対応」を“アドバイス”

 ここからが前回の続きだ。

 筆者の手元にある文書は、厚労省や日本医師会から関係各方面に送られた「事務連絡」である。ちなみに「事務連絡」とは、行政官庁内で上意下達される「通達」とは違って、官公庁が外部の機関に「周知」させることを目的としたものだ。

今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?の画像2

今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?の画像3 今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?の画像4今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?の画像5今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?の画像6 同文書の表題は「新型コロナウイルス感染症が疑われる者の診療に関する留意点について」。日付は「令和2年3月11日」。政府が緊急事態宣言を行うための特措法改正案を閣議決定して国会に提出した翌日である。

 複数の文書中、厚労省による事務連絡は、同省の「新型コロナウイルス感染症対策推進本部」(本部長=加藤勝信厚生労働大臣)から、「各都道府県・保健所設置市・衛生主管部(局)」宛てに送付されたものだ。また、日本医師会からの事務連絡は、同医師会で「新型コロナウイルス感染症対策本部」の本部長も兼務する横倉義武会長と、同じく「感染症危機管理対策室」の室長を務める釜萢敏常任理事の連名で、「都道府県医師会長・郡市区医師会長」に送付されたものである。

 いずれの文書も、受信した各自治体や団体から即日、管区・域内の病院や保健所に回覧された。

 同文書の冒頭案内文には、次のように書かれている。

「……発熱や上気道症状を有する等、新型コロナウイルス感染症が疑われる患者が来院した際の留意点について、下記のとおり取りまとめたため、帰国者・接触者外来のみならず、一般の医療機関(歯科医療機関も含む。)においても、内容について十分にご了知いただきたいため、関係者への周知をお願いする」

 興味深いのは、同文書の「項目3」に書かれた「応招義務について」の文面だ。そこには、こういう“アドバイス”がある。

「……患者が発熱や上気道症状を有しているということのみを理由に、当該患者の診療を拒否することは、応招義務を定めた医師法(昭和23 年法律第201 号)第19 条第1項及び歯科医師法(昭和23 年法律第202 号)第19 条第1項における診療を拒否する『正当な事由』に該当しないため、診療が困難である場合は、少なくとも帰国者・接触者外来や新型コロナウイルス感染症患者を診療可能な医療機関への受診を適切に勧奨すること」

 文中の「応招義務」とは、診療行為を求められた医師が、正当な理由もなく診療を拒んではならないとした医師法上の義務のこと。「勧奨」とは、辞書によれば「勧めて、励ますこと」だ。

 つまり、この文面が医師・医療機関や関係各方面に「周知」を促した事柄は、平たく言えば、「新型コロナウイルスの感染者と疑われる診療希望者を医師法19条の応招義務に違反しないよう合法的に拒むためには、診療可能とされる医療機関への受診を上手に勧めればよい」というものである。

 一見、医の倫理に反して医師に法令をすり抜けさせようとする文言にも読めるが、はたしてそれは何を目的としたものか。

指定感染症で「入院隔離」と決めていたにも関わらず「診療回避」

 一方、これに先立つ昨年12月25日、厚労省医政局長が各都道府県知事に送付した文書にはこう書かれている。

「……特定の感染症へのり患(筆者注「への罹患」)等合理性の認められない理由のみに基づき診療しないことは正当化されない」「ただし、1類・2類感染症等、制度上、特定の医療機関で対応すべきとされている感染症にり患している又はその疑いのある患者等についてはこの限りではない」

 官報を確認すると、新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める政令が施行されたのは今年1月28日。仮にPCR検査で「陽性」の確定診断が出た場合、患者は指定感染症の罹患者として、無症状・軽症を問わず「感染症法」に基づく入院措置となることが、その時点では決まっていた。

 新型コロナ肺炎の罹患が徐々に拡大していた2月17日、医療機関を受診する目安として政府の専門家会議が国民に告げたのは、「37.5度以上の発熱が4日以上、高齢者や基礎疾患があれば2日以上あれば、各地の保健所に設置された帰国者・接触者相談センターに相談し、センター指定の医療機関で受診せよ」である。

 ところが、5月に入って加藤勝信厚生労働大臣は、平然と「目安ということが相談や受診の一基準のように受け取られた。我々から見れば誤解でありますけれど」「(そういう基準はあったが)もともと撤廃するべきなどのさまざまな議論をいただいてきた。それらを踏まえて専門家会議で議論いただいて見直しを図っている」などとコメント。新たな目安として、「息苦しさや強いだるさ、高熱などの症状、発熱や咳など比較的軽い風邪の症状でも4日以上続けば相談を」との案を提示した。

 新型コロナのPCR検査に「公的医療保険」が適用されることになったのは3月6日だ。それ以降、新型コロナ感染症の罹患者は、指定感染症の対象として無症状・軽症を問わず「感染症法」に基づく入院措置となり、その医療費は公費負担となる。

 身体の不調を理由に診察を求めて連絡または来院したら、普段は聞いたこともない帰国者・接触者外来を「勧められ、励まされ」て、結果、タライ回しにされ、患者は右往左往した。医者に「勧奨」されたほかの機関には電話もつながらず、つながっても重症の気配がなければ二の次にされ、感染する病原体を抱えたまま重症化した人や回復して元気になった人が混在・拡散した。最近になって、自宅で亡くなった人が少なくなかったことも判明している。感染はその期間に拡大した。

 前述のように、厚労省が前出の事務連絡で「勧奨」をアドバイスしたのは3月11日。その約1カ月半前の1月28日には、すでに新型コロナウイルス感染症は「指定感染症」とされ、原則「入院隔離」が決まっていた。

 まだ国内に感染が蔓延しておらず、患者が少なく「医療崩壊」の心配もなかったはずのこの時期に、厚労省@政府はナゼ、自ら申し出た有症者たちを「医師法に抵触しないよう医師にアドバイス」までして「診察→入院隔離」させようとしなかったのか。

 次稿で後述するが、この時期に「TOKYOでも新型コロナの感染者や死者が増加」を物語る数値を国内外に公表すれば、東京オリンピックをなんとしても開催したかった安倍首相としては邪魔になる。

 しかし、実はそれだけではない。

(次稿へ)

(文=藤野光太郎/ジャーナリスト)

今頃「PCR検査拡大」を言い出した安倍政権は、なぜ早期対策を怠ったのか?のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!