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片田珠美「精神科女医のたわごと」

暴行容疑で逮捕のボビー・オロゴン、衝動制御障害の可能性…罪の意識がないDV加害者

文=片田珠美/精神科医
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 このようにあくまでも自分の非を認めようとしない人はどこにでもいる。とくに、非を認めれば失うものが大きい政治家や芸能人は、どこまでも白を切り、逃げ切れなくなって渋々認めるような印象を私は抱いている。

 ときには、嘘をついているようにしか見えないこともある。だが、嘘をついているという自覚が本人にはない場合が圧倒的に多い。周囲の証言や状況証拠から、どう見ても非がありそうなのに、どこまでも否認し続けるのは、嘘をついているからだろうと思われるかもしれないが、その自覚が本人にはないのだ。

 一体なぜなのか? 本人が自己正当化の達人だからである。嘘と自己正当化の間には曖昧な領域があり、明確な線引きは難しいが、一応区別しておかなければならない。

 嘘は、自分で事実とは違うと知りながら他人に信じてもらおうとする話であり、意識的に他人を欺くためのものだ。それに対して、自己正当化は、私は悪くないと自分自身に言い聞かせるための話であり、無意識のうちに自分自身を欺くためのもの、つまり自己欺瞞にほかならない。だから、自己正当化は、自分に嘘をついているのに、その自覚がないという点で、「明らかな嘘よりも強力で危険」といえる(『なぜあの人はあやまちを認めないのか 』)。

 自己正当化の達人は、嘘をついている自覚がないので、当然罪悪感もなく、堂々としていることが多い。たとえば、「妻が興奮していたので、止めようとしたら、手が当たっただけ」「妻が挑発したから仕方なかった」などと平気で自己正当化するDV加害者もいる。

 これは、もちろん自己保身のためであり、その根底に潜んでいるのは自己愛にほかならない。だから、自己正当化の達人を見るたびに、17世紀のフランスの名門貴族、ラ・ロシュフコーの「自己愛は、この世で最もずるい奴より、もっとずるい」という言葉を思い出す。

 ボビー容疑者の妻は「長年、夫からはさまざまなDVを受けてきました。それはまるで家庭内という狭い空間でまるで弱い者いじめをされているような状態です」と訴えている。妻の言い分を信用すれば、新型コロナウイルス対策のための外出自粛によるストレスでDVが始まったとは考えにくい。ボビー容疑者は、長年妻に暴力を振るいながら、ずっと自己正当化してきたのではないだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

エリオット・アロンソン & キャロル・タヴリス『なぜあの人はあやまちを認めないのか 』戸根由紀恵訳、河出書房新社 2009年

François de La Rochefoucauld  “Maximes et Réflexions diverses” Garnier Flammarion 1977

 

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