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これだけ高齢ドライバーの交通事故が起きても「免許返納」が進まない“根深い理由”

文=小川裕夫/フリーランスライター
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「Getty Images」より

 2019年4月に東京・豊島区東池袋で起こった自動車暴走事故は、自動車を運転していた加害者を含む10人がけが、母子2名が死亡するという凄惨な事故として記憶されている。自動車を運転していたのは、旧通産省工業技術院の元院長。被害規模を見れば、運転手は即座に逮捕されてもおかしくなかった。しかし、その場で逮捕されることはなく、その後も在宅起訴という経緯をたどり、「特別扱い」「上級国民」という言葉が広まった。

 この事故以降、70歳以上のドライバーによる交通事故報道は一気に増加し、高齢者ドライバー免許返納の機運を高めることにつながった。ある自治体の交通安全政策担当者は言う。

「今般、東京・大阪といった都市圏において、ドライバーは若年層よりも高齢者のほうが多いのが実情です。これは日本社会が高齢化しているので自然に高齢ドライバーが増えているという理由もあります。そのほかには、若年層は可処分所得が低いので自動車を保有できないという理由もあります。若年層は鉄道などの公共交通をメインに利用するわけです。他方、長年にわたってマイカーを使っていた高齢者のなかには、鉄道やバスの使い方がわからないという人も一定数います」

 鉄道やバスに乗ることに慣れていないと、戸惑ってしまうことは意外にも多い。「きっぷの買い方がわからない」「●番線に行くには、どこの通路を歩き、どこの階段を登ればいいのか?」「どのホームで待てばいいのか」「どの電車に乗ればいいのか」――。一つひとつは大したことがなくても、わからないことが積み重なるとストレスを募らせてしまう。その結果、高齢者は使い慣れたマイカーを選択してしまい、免許返納は進んでいない。

「警察や自治体が交通安全のための講習会を実施しても、高齢者の参加が少ないという現実があります。個人差はありますが、人は加齢とともに運動神経・反射神経がにぶるといわれています。高齢者のほうがとっさの判断ができず事故を起こしやすいのですが、高齢者ほど自分の運転に自信があります。一方、若者は自分の運転に自信がないので、事故を起こすかもしれないという危機感を常に抱いていて慎重な傾向が伺えます」(前出自治体職員)

 すでに団塊の世代は、後期高齢者に近づきつつある。こうした社会情勢も、自治体や警察が高齢者の免許返納を急ぐ理由のひとつだ。

地方自治体の財政問題

 免許返納が容易に進まない理由は、団塊の世代がこれまでマイカー利用ばかりだったために、鉄道やバスを利用せず、公共交通機関が廃れてしまったこともあげられる。利用者がいなければ、鉄道・バス路線は赤字になり、廃止される。公共交通の充実を訴えられても、線路がなければ鉄道を走らせることはできない。バスも運転士、車両、バスターミナル、営業所などを整備しなければならず、簡単な話ではないのだ。政令指定都市で公共交通政策を担当する職員は、こうため息をつく。

「今般、高齢ドライバーの免許返納は着実に増えています。しかし、それはこれまでが少なすぎたからです。まだ免許返納が大きな流れになっているとは言いがたい状況です。地方自治体や警察などは特典を用意して自主返納を促していますが、思うようには進んでいません」

 政令指定都市といった大都市は交通局が市バスなどを運行している。自治体によっても異なるが、高齢者はそうした市バスを無料もしくは格安で利用できる。これは、自治体が税金でバス事業者に助成金を出しているからだが、こうした政令指定都市は全国でも多数ではない。多くの自治体は人口減少という危機に直面しており、公共交通は年を追うごとに縮減している。地方都市は交通の便がどんどん悪くなっており、バスは日常生活に耐えられる運行本数・路線を確保できていない。そのため、高齢者はマイカーに頼らざるを得ない。

「東池袋の事件が大きく報道されたこともあり、一時的に自主返納は増えました。しかし、それでも自主返納をためらう高齢者が多いのも事実です。自治体としては、こうした高齢者の心配を取り除くべく、公共交通の充実を図っていかなければなりません。しかし、そうはいっても地方自治体の財政が厳しいのも事実です。赤字のバスばかり走らせれば、また別の方面から非難が殺到するのです」(同)

高齢者にとっては“使い勝手が悪い”

 暴走事故の起きた東京・豊島区東池袋は地下鉄や都電、都バスが利用できる。若者から見れば、十分すぎるほど公共交通は充実している。しかし、高齢者目線だと、まったく異なる世界に切り替わる。

 東京や大阪といった都心部に整備された公共交通の多くは、地下鉄をはじめ山手線や大阪環状線、東海道本線といった大量輸送を主眼とする鉄道が多くを占める。こうした鉄道は、駅間がおおむね2キロメートル以上に設定されている。そのため、高齢者には使いづらい。

 また、駅も高架化・地下化・大規模化によって、駅の入り口から改札まで、改札から駅ホームまで距離があり、高齢者は駅構内の移動だけで疲労困憊してしまう。乗り換えなどは、本当に乗換駅なのかと疑わしくなるほど歩かされる。高齢者にとって、こうした鉄道駅は使い勝手が悪いのだ。

 一方、高齢者が使いやすいバス、また駅間の短い路面電車などは時代とともに廃止・縮小が続いた。そのため、公共交通が充実している都心部でも、高齢者には使いづらいというのが実情なのだ。

「そうした問題点は、早くから指摘されていました。そのため、地方自治体などでは2000年前後から駅間が300〜400メートルのコミュニティバスの運行を始めています。コミュニティバスによって、高齢者の移動は円滑になったわけです。これらにも財政的な問題はあります。また、最近は運転士の確保が難しくなっており、そのために減便・路線の縮小といった悩ましい問題も起きています」(同)

 高齢ドライバーによる事故を防ぐためには、鉄道やバスといった公共交通の充実が必須だが、そこには財政的な問題が大きく横たわる。東池袋のような事故が起きれば、取り返しがつかない。高齢者ドライバーの免許自主返納は、一筋縄で解決できない。しかし、避けて通ることはできない問題でもある。

(文=小川裕夫/フリーランスライター)

小川裕夫/フリーライター

小川裕夫/フリーライター

行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

Twitter:@ogawahiro

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