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三浦展「繁華街の昔を歩く」

「愛されない街」を量産する行政とディベロッパーを批判する…感覚的な満足感への配慮欠如

文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表
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 そういう従来の、特に行政やデベロッパーのやり方への批判が本書の主題である。私と同じように考える人も今はたくさんいて、そういう人たちにインタビューされたり、シンポジウムに参加したりしてきた。銀座渋谷のような大きな街についても発言し、祐天寺のようなあまり知っている人がいない街も、面白いと思えば取り上げた。上海の横丁やアムステルダムの郊外住宅地の情報も入っている。

 また本書をまとめていて改めて思ったのは、都市における女性の重要性が増えているということである。昔は女性と言えば渋谷公園通りで消費を楽しんでいるか、郊外の住宅地で主婦をしていたのである。だが現代の女性は都心のオフィスで働き続ける人が増え、郊外の住宅地でも家事や育児をしながらやっぱり働いたり、地域を盛り上げたりする人が増えている。そういう最近の動向についても本書はかなりページを割いている。

 それから本書のもう1つのテーマは、やはりシェアとケアという私が過去20年間追ってきたテーマである。特に母が2015年から老人ホーム暮らしとなり、昨年他界したので、いったい老人ホームというのは「愛される場所」なのか、「人間の居る場所」なのかということをずっと考えさせられたことも、本書をまとめるにあたって大きな影響を与えた。

「焼け跡」

 私は現代の日本社会が一種の「焼け跡」であると思っている。それは具体的にはどういうことか、まだ自分でもうまく説明できないのだが、何となくそう思う。75年前、戦争で日本中が焼け跡になって、そこから雑草のように立ち上がって高度経済成長を達成し、そしてバブルが崩壊し、少子高齢化が急速に進み、失われた20年だか30年だかを経て、2つの大震災があって、今はコロナウイルスにおびえながら、ゆっくりと、目に見えない焼け跡が日本人の心の中に広がっていると感じるのだ。

 そういう焼け跡感、一種の喪失感のようなものも大きな一因となって、リノベーションやシェアが広がったのだと思う。お仕着せのありふれた家に住むのではなく、リノベーションした古い家に住むのは、一種のバラック的な感覚である。100円ショップなどで何でも安く手に入るのに、あえてシェアをしたり、人とのつながりを求める活動をしたりする人が増えたのも、向こう三軒両隣の近所づきあいが普通にあった焼け跡時代の日本への一種のノスタルジーなのである。

 こういうふうに、単なる都市論ではなく、社会や時代の気分を交えて、いろいろなことを考えたのが本書である。ぜひご一読ください。

(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)

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