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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オーケストラ、出番少ないシンバル奏者と、出ずっぱりの弦楽器のギャラが同じの理由

文=篠崎靖男/指揮者
オーケストラ、出番少ないシンバル奏者と、出ずっぱりの弦楽器のギャラが同じの理由の画像1
「Getty Images」より

「私はずっと弾き続けているのに、シンバルは数回叩くだけ。でも、私たちとギャラは同じなんだよね」

 これは、弦楽器奏者がよく言うジョークです。19世紀オーストラリアの巨匠作曲家アントン・ブルックナーの交響曲第7番などは演奏に70分くらいかかる大作で、それこそ弦楽器はずっと弾き続けなくてはならず肉体的も精神的にも大変な曲ですが、シンバルは第2楽章で一度叩くだけです。

 それでも、本番では第1楽章から第4楽章までずっとステージに居なくてはなりませんが、リハーサルならば状況が異なります。指揮者が第2楽章を始めたころにやってきて一度叩くか、もし指揮者がこだわりを見せれば数回叩いて、今日の仕事はもう終わり。第3楽章以降も演奏し続ける奏者たちから、羨望か恨みかわからない視線を浴びるかどうかはわかりませんが、早々と家に帰ることができるのです。

 しかし、実はシンバルというのは、とても難しい楽器です。奏者は、もちろんほかの楽器と同じく、狭き門の超難関オーディションを受かった優秀な楽員です。余談ですが、オーケストラのオーディションというのは、一般企業の入社試験と大きく違う点がひとつあります。それは、いくら人員が必要でも、気に入った演奏者がいなかったら採用ゼロということもよくあるのです。さらに、受かったとしても1年程度、仮団員として仕事をさせてみて、その結果、正団員にしてもらえないこともよくあるのです。

 僕が芸術監督を務めていたフィンランドのオーケストラでは、トランペットのオーディションを4~5回行い、やっと決まったことがありました。しかし、このトランペット奏者も正団員として採用できず、その後も何度もオーディションを繰り返すことになりました。

 シンバルを叩くのも、そんなプロの厳しい目で選ばれた超天才打楽器奏者で、名人級の人もたくさんいます。僕が日本のオーケストラでクロード・ドビュッシー作曲『海』を指揮した時のことです。この作品は、フランス人のドビュッシーが日本の浮世絵師・葛飾北斎『富嶽三十六景』の「神奈川沖波裏」(かつて多くの銭湯の壁に描かれていた有名な『海と富士山』の浮世絵)からインスピレーションを得た大傑作ですが、そのオーケストラの打楽器奏者がシンバルを見事に叩いた際、僕は、あたかも水しぶきが波間に飛び散っているのを見たような錯覚を覚えたほどでした。

ソ連時代の指揮者の独裁者的な絶対権力

 シンバルは、2枚の金属でできたお皿のようなものを重ねるようにお互いに勢いよくぶつけて音を出す楽器ですが、これが見た目と違ってとても難しいのです。素人が叩いてみると、単に2枚のお皿が重なった鈍い音がするだけです。しかも、とても重いので、コントロールするだけでも大変です。通常のオーケストラでは打楽器奏者なら誰でも叩きますが、ロシアのオーケストラではシンバルだけを担当するシンバル奏者として採用されるほどなのです。

 そのロシアがソビエト連邦だった頃、シンバル奏者は椅子に座って叩いていました。そんな東西冷戦時代に、平和文化交流の一環としてアメリカからボストン交響楽団がモスクワを訪れた際、ソビエトを代表する指揮者のひとりであるキリル・コンドラシンがホールで聴いていました。その時にコンドラシンが注目したのは、シンバル奏者が立って演奏していたことでした。翌日、自分のオーケストラのリハーサルでコンドラシンは、シンバル奏者に「これからは立って演奏するように」と命令しました。

 当時のソビエトでは、指揮者が大変大きな権力を持っていたので、「お願い」ではなく絶対的な「命令」でした。しかし、そのシンバル奏者は「できません」と答えたのです。その奏者は、先の第二次世界大戦で片足を失っており、立って演奏することができなかったのです。しかし、コンドラシンは引き下がりません。

 今でも、ロシアや東欧のスラブ系オーケストラには同じような雰囲気が残っているのですが、指揮者はまさしく“独裁者”の時代で、もし引き下がるようなことがあれば、ただでさえ個人主義が強いスラブ系の楽員たちは、次の瞬間から指揮者の話など聞いてくれなくなるでしょう。コンドラシンは、このシンバル奏者をクビにし、隣でほかの打楽器を叩いていた楽員に「これからは君がシンバル奏者だ。立って演奏するように」と一言だけ命じ、話が終わりました。

 今では考えられない話ですが、不本意にも急にシンバルを叩くことになったこの楽員が、その後、ソビエトを代表するシンバル奏者のひとりになったのですから、人間の運命というのは不思議なものです。

イタリアの巨匠トスカニーニの癇癪

 一方、片足を失っていたために立ってシンバルを叩くことができなかっただけでクビにされてしまう楽員も気の毒です。ソビエトだけでなく多くの国で、労働組合ができるまでは、オーケストラ楽員も一般労働者と同じく簡単にクビにされてしまっていました。

 イタリアの巨匠アルトゥーロ・トスカニーニがアメリカのニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者をしていた頃などは、リハーサル中に気に入らない奏者がいれば、彼があまり英語が堪能ではなかったこともあり、たった一言「アウト」と言うだけでした。そして、その奏者は翌日から仕事がなくなったのです。もちろん、今では世界各国にしっかりとした音楽家ユニオンがあり、演奏家の権利を守っています。

 このトスカニーニ、音楽は素晴らしいのですが癇癪持ちでした。指揮者のモノマネとして、指揮棒を折ってしまう場面を表現する人をよく見かけますが、実際のオーケストラでは、僕はそんな場面を見たことがありません。プロ指揮者が使う指揮棒は3000円くらいするので、大事に大事に使っています。しかし、トスカニーニはリハーサル中に癇癪を起して、たびたび折っていたそうです。そして、指揮者が指揮棒を折るというのは、「もう指揮をしない」という意思表示なので、「やった。最近付き合い始めた彼女のところに行ける」と内心喜んだ不謹慎な若い団員がいたかもしれません。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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