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片田珠美「精神科女医のたわごと」

死去・木村花さんを追い込んだSNS投稿者たちの“正義・羨望・鬱憤晴らし”

文=片田珠美/精神科医
死去・木村花さんを追い込んだSNS投稿者たちの正義・羨望・鬱憤晴らしの画像1
木村花さんのInstagramより

 女子プロレスラーの木村花さんが5月23日未明、22歳の若さで亡くなった。現時点で死因は不明だが、自殺ではないかと取り沙汰されている。木村さんは「毎日100件近くの率直な意見。死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が1番、私に思ってました。弱い私でごめんなさい」などと投稿しており、悩んでいた様子がうかがえるからだ。

 木村さんへの誹謗中傷が激しくなったきっかけは、出演していた恋愛リアリティー番組『テラスハウス』(ネットフリックスで配信され、フジテレビでも放送)の第38回で起きた

「コスチューム事件」である。大切な試合用のコスチュームを間違って洗濯し縮ませた男性出演者に木村さんが激怒し、その男性がかぶっていた帽子をはね飛ばすなどしたようだ。

 この事件の後、木村さんへの誹謗中傷は1日100件ペースで最近まで続いていたという。しかも、母親の元プロレスラー、響子さんのアカウントにまで波及したというのだから、そのすさまじさに唖然とする。

激しい誹謗中傷を繰り返す心理

 このような激しい誹謗中傷を繰り返すのは、主に次の4つの心理によると考えられる。

1)   正義は我にあり

2)   羨望=他人の幸福が我慢できない怒り

3)   鬱憤晴らし

4)   「みんなやっているのだから」と罪悪感を払拭

 まず、木村さんへの誹謗中傷を繰り返した“アンチ”と呼ばれる投稿者は、1)  正義は我にありと思い込んでいた可能性が高い。木村さんをネット上で「こんな凶暴な子イヤだ~」と批判した人は、激怒して帽子をはね飛ばすような「凶暴」なことをするのは“悪”であり、それを批判する自分のほうが正しいと思っていたはずだ。

 もちろん、試合用のコスチュームが木村さんにとってどれほど大切だったか、どれほど思い入れの深いものだったかに想像力を働かせることができない。また、量産されて、どこでも売っているものではないだろうから、高額の可能性もあるが、そういうことも考えられない。さらに、仲のいいところよりも言い合いの場面のほうが番組で流されること、あるいは過剰気味に反応したほうが制作者も喜ぶし視聴者の受けもいいことを経験的に学習して、木村さんが過剰反応した可能性もあるが、そういうことにも思いが及ばない。

 とにかく、相手が間違っているのだから、それを誹謗中傷する自分は正しいと確信している。こういうタイプが振りかざす正義の根底には、ドイツの哲学者、ニーチェが見抜いているように、しばしば“ルサンチマン”が潜んでいる(『道徳の系譜学』)。

“ルサンチマン”は、恨みという意味のフランス語である。うまくいかない自分の人生に怒りと不満を抱き、マグマのような恨みをため込んでいるので、それが何かのきっかけで噴出すると、すさまじい勢いになる。

 しかも、この“ルサンチマン”は、2)羨望、つまり他人の幸福が我慢できない怒りと密接に結びついている。木村さんのように表舞台に出て、脚光を浴びている人は、大衆にとって羨望の対象である。

 だが、羨望のような陰湿な感情が自身の心の奥底にあることを認めたくない。第一、木村さんをうらやましいと思う気持ちを認めることは、自分のほうが劣っていると白状するようなものだから、決して認めない。とにかく、相手を自分より一段劣った地位にとどめておこうとして、あら探しをする。そのための格好の材料が、「コスチューム事件」だったのではないか。

 同時に、木村さんへの誹謗中傷は、3)鬱憤晴らしにもなったはずだ。「コスチューム事件」が起きた第38回の配信は3月31日で、ちょうど新型コロナウイルスの感染爆発が危惧されていた時期である。緊急事態宣言がいつ出されるのかと緊迫した状況だったことを思い起こすと、外出自粛によるストレスと収入激減への不安を抱えた人々が鬱憤晴らしのために木村さんをコテンパンに叩いた可能性も十分考えられる。

 おまけに、非常に多くの誹謗中傷が木村さんのアカウントに殺到した状況では、4)「みんなやっているのだから」という理由で罪悪感を払拭できた投稿者も少なくないはずだ。SNSで木村さんに対して「死ね」「消えろ」などと誹謗中傷していた投稿者が、彼女の急死が報じられた後、次々とアカウントを削除しているようだが、罪悪感を覚えたからではないだろう。むしろ、自らの責任を追及されないようにするための自己保身だと思う。

逃げるは恥だが役に立つ

 信じがたいことに、「木村花さんが死んでくれて祝杯」という心ない動画をアップした投稿者もいるようだ。古代ローマの詩人の「人間は人間にとって狼である」という言葉は、まさに真実だし、こういう人間の本性を変えるのは到底無理だと思う。

 だから、木村さんと同じようにSNSでの攻撃に悩んでいる方がいたら、「あなたを痛めつけるような投稿は見るな。しばらくSNSをやめろ」と声を大にして言いたい。「そんなことをしたら、逃げたと思われる」とおっしゃるかもしれないが、逃げることもときには必要だ。

『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)というドラマが2016年に放送され、話題になった。このタイトルは、実は「自分の戦う場所を選べ」ということを意味するハンガリーのことわざである。逃げることによって、自分の戦う場所を変えられる。だから、選択肢が広がる。

 もちろん、一番悪いのは激しい誹謗中傷を繰り返した投稿者であり、法的措置も検討すべきだ。だが、木村さんがSNSをやめるなり、ドラマを降板するなりして逃げるという選択をしていたら、死なずにすんだのではないだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

フリードリヒ・ニーチェ『道徳の系譜学』中山元訳 光文社古典新訳文庫 2009年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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