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浜田和幸「日本人のサバイバルのために」

中国、国策「デジタル人民元」で世界席巻を目指す…ドル基軸体制を打破へ、米中通貨戦争

文=浜田和幸/国際政治経済学者
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 実は、2019年夏、アメリカのフェイスブック社が「リブラ」と銘打ったデジタル通貨の発行計画を発表した。フェイスブックといえば、世界中の30億人近くが使っているわけで、それだけ多くの人々の間でお金のやり取りを行う際に、巨大なデータベースにほかならないブロックチェーン技術を活用してデジタル化を図ろうという構想であった。

 ところが、アメリカはじめ各国の中央銀行や議会からは猛反対の嵐が巻き起こった。「フェイスブックは個人情報の管理で問題を起こしている。信用できない。第一、民間の会社が通貨を発行するのはおかしい。裏付けがない通貨などもっての外。通貨を発行できるのは中央銀行だけだ」といった反対の声が大きく、「リブラ」は足踏み状態に陥ってしまった。

 しかし、リブラ騒動の直後、独自のデジタル通貨発行に名乗りを上げた国が現れた。その先陣を切ったのがイランであった。アメリカによる経済制裁を受け、ドルの使えないイランにとっては新たな希望のタネというわけだろう。イランに次いで動いたのが中国と北朝鮮であった。この動きにさまざまな思惑が隠されていることは明らかだ。一言でいえば、「今の世界には多くの対立が起きている。アメリカの都合で一方的に引き起こされた対立もある。それにもかかわらず、世界貿易の決済はすべてドルというのはおかしい」ということだろう。

 言うまでもなく、中国が貿易の最大の相手国であるという国は、アメリカが最大の貿易相手国という国の数よりはるかに多くなっている。中国は世界の大半の国と膨大な量の貿易を行っているが、その決済は基本的にドルである。

 このようなドル基軸体制の下では、世界中の銀行間の決済業務はSWIFTやコレスポンデント・バンク(コルレス銀行)を通じて行われることになっている。ということは、アメリカの一存でイランでも北朝鮮でも簡単に干上がらせることが可能になる。なぜなら、狙った相手国の政府や企業のドル口座を停止させ、その国に対するドル決済ができないようにSWIFTやコルレス銀行を動かすことが簡単にできるからである。

 言い換えれば、アメリカにとってはドルという存在は単なる通貨以上の意味を持っているわけだ。強力な安全保障上の武器にも早変わりするのである。逆の立場からいえば、イラン、中国、北朝鮮にすれば、ドルによって自分たちの首根っこを押さえつけられているとの思いが根深いと思われる。

世界各国の中央銀行でも独自のデジタル通貨発行の動き

 こうしたアメリカ主導のドル基軸体制に対抗する動きがじわじわと広がり始めてきたのである。特に中国はアメリカとの貿易通商摩擦を背景に独自のデジタル通貨発行に意欲を燃やしている。中国以外にもデジタル人民元を普及させようとの動きが出てきた。中国が進める「一帯一路」計画のなかでも、中国の出資するアジアインフラ投資銀行(AIIB)が実施する途上国向け融資をデジタル人民元で行うという選択肢も浮上している。

 いずれにせよ、こうした「リブラ」や「デジタル人民元」の動きに対し、世界各国の中央銀行でも独自のデジタル通貨発行に向けての研究や具体化が加速するようになってきた。日銀も例外ではなく、欧州中央銀行(ECB)、カナダ、イギリス、スウェーデン、スイス、国際決済銀行(BIS)との共同でデジタル通貨に関する研究プロジェクトを立ち上げることを発表。アメリカでも中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)が19年にはデジタル通貨のエンジニアを募集するなど、デジタル通貨に向けた研究を始めたようだ。

 実は、後進国の問題はインフレであり、紙幣を印刷してもたちまちインフレで使い物にならなくなってしまう。パン1個を買うのにもトランク一杯分の紙幣を担いでこなくてはならないといった風景があちこちで見られる。そんな事情もあって、紙幣をやめてデジタル通貨への移行を目指している途上国は多いのである。

 しかも、昨今のCOVID-19による感染症の蔓延から、紙幣や硬貨がウィルスの伝染につながるとの指摘もあり、一気にデジタル通貨への関心が高まってきた。中国政府はそうした流れも意識しているようで、デジタル人民元の世界的な普及を通じて感染症の予防にも役立つとのキャンペーンを展開しつつある。

 パンデミックが収まらない状況下において、中国が「マスク外交」や「デジタル人民元」作戦を通じて国際的な影響力を拡大しつつあることへの懸念は大きくなる一方である。ムニューシン財務長官曰く「現状はアメリカの国家の存亡にかかわる危機的状態だ。このような状況下において中国がデジタル通貨で世界を席巻しようとしている動きを看過することはできない」。

 今から6年前の14年、中国商務省は「デジタル通貨の研究と実践を通じて、人民元はドルにとって代わる通貨を目指す。その目標は15年以内に達成する」との方針を明らかにしていた。アメリカの財務長官の危機感はよくわかるが、トランプ大統領からは中国のデジタル通貨戦略に対抗できるような動きはいまだ打ち出されていない。いつまでもドルが国際機軸通貨の座に安住できるとの保証はないだろうに。

 中国はアメリカが享受してきた「デット・エクイティ・スワップ」を自分たちもデジタル通貨の発行を通じて得ようと考えているのかもしれない。なぜなら、デジタル人民元を中国人が使っている間は人民銀行にとっては借金であるが、アフリカなど多くの途上国で使われるようになり、エクイティ化してしまえば、中国に戻ってこなくなるわけで、そうなれば中国の財政にとってはプラス以外の何物でもなくなる。

 こうした中国のデジタル通貨戦略に対して、アメリカは警戒を強めているが、日本は能天気というか、まったく無関心に近い状態である。新型コロナウィルス騒動の背後で在宅勤務が広がり、テレワークやデリバリーが普及すれば、現金決済からデジタル通貨への移行は急ピッチで進む可能性が出てくる。その時の主役を演じるのは誰か。日本でも使えるようになる「デジタル人民元」か、それとも登場が待たれる「デジタル円」なのか。新たな通貨戦争の幕開けは近い。

(文=浜田和幸/国際政治経済学者)

●浜田和幸

国際政治経済学者。前参議院議員、元総務大臣・外務大臣政務官。2020東京オリンピック招致委員。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士

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