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片田珠美「精神科女医のたわごと」

宝塚ボーガン殺人、「統合失調症による妄想」「母親へのアンビヴァレンス」が原因の可能性

文=片田珠美/精神科医
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 惨劇の引き金となったのは、家族が前日にインターネットの接続契約を長男に無断で解約したことだという。長男は、中学を卒業して菓子製造工場に就職したが、約1年でやめてからずっと引きこもっており、親名義のクレジットカードを使い、ネットショッピングで浪費したため、借金が350万円以上に膨れ上がっていたようだ。

 この事件では、インターネットの接続契約を無断で解約されたことに“恨み”を抱いた長男が犯行に及んだ。もっとも、その“恨み”が客観的に見て正当だったのかという疑問は残る。

 精神科医としての長年の臨床経験から申し上げると、犯行の動機として犯人が挙げる“恨み”が妄想にもとづいていることがときどきある。とくに被害妄想を抱いていると、自分がひどい仕打ちを受けたと思い込み、それを思い出しては憤慨するので、ずっと“恨み”を持ち続ける。また、周囲の人を「悪意を持って自分を迫害する対象」としてとらえる傾向が強くなり、危険が差し迫っているという不合理な恐怖から、「やられる前にやる」という論理で自らの先制攻撃を正当化する。

 妄想が出現しやすい精神疾患として、統合失調症妄想性障害が挙げられる。とくに統合失調症の好発期は10代~20代であり、動機が理解しがたい「動機なき殺人」が発病初期に起こりやすいという報告もあるので、その可能性も視野に入れて精神鑑定を実施すべきだろう。

愛と憎しみの「アンビヴァレンス(ambivalence)」

 家族大量殺人では、一方に憎しみと復讐、他方に愛と献身という相反する要因が認められることが多い。これを精神分析では「アンビヴァレンス(ambivalence)」と呼び、「両価性」と訳される。

 この「アンビヴァレンス」は、とくに母殺しにしばしば認められる。一方では、母を愛し依存しながらも、依存対象である母に敵意を抱く「敵対的依存」の関係になることも少なくない。

 そういう関係からの解放を求めて、母殺しを犯すこともある。そのため、アメリカの精神科医ウェルサムは、母殺しの心理を「母への過度の愛着が母に対する激しい敵意へと直接変形される」と説明し、「オレステス・コンプレックス」と名づけた。オレステスは、ギリシャ神話に登場する母を殺した息子の名である。

 野津容疑者も、母殺しを犯した。それだけでなく、母が離婚していたため、その代理を務めたこともあるかもしれない祖母も殺害し、伯母も襲った。「お母さんの子育ての責任感が強かったのか、しつけは厳しかった」という周囲の証言もある。したがって、母への愛と憎しみの「アンビヴァレンス」が動機を解明する鍵になるのではないだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『オレステス・コンプレックス―青年の心の闇へ』NHK出版 2001年

片田珠美『攻撃と殺人の精神分析』トランスビュー 2005年

片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書 2017年

Levin, J., Fox, J. A. : A Psycho-Social Analysis of Mass Murder. In O’Reilly-Fleming ed. : Serial & Mass Murder – Theory, Research and Policy. Canadian Scholars’Press. 1996

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