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小池百合子氏が学歴詐称疑惑をスクープした文藝春秋を簡単には訴えられない法的理由

文=前原一輝/弁護士
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『女帝 小池百合子』(石井妙子/文藝春秋)

 2020年5月29日に発売された『女帝 小池百合子』が約2週間で15万部を突破し、ノンフィクションとしては異例のベストセラーとなっている。本書では小池百合子東京都知事の学歴詐称について言及しており、出版元である文藝春秋が発行する「週刊文春」(6月4日号も『小池百合子 カイロ大首席卒業の嘘と舛添要一との熱愛』という記事を掲載し、この問題に言及している。

 他方、カイロ大学は2020年6月8日付で、「1976年10月にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明する」との声明を発表した。カイロ大学の声明が真実だとすれば、本書は真実に反する内容を発表したことになる。今後、小池知事が「文春」に対してどのような対応をとるのかは定かではないが、仮に小池知事が「文春」を訴えた場合に、どのような展開を迎えるのかを法的な観点から検討してみよう。

 小池知事が「文春」を訴える場合、名誉毀損に基づく損害賠償請求を求めることになる。具体的には、慰謝料と謝罪広告を求めることになるだろう。名誉毀損に基づく損害賠償請求は、「被害者の社会的評価が低下したこと」が要件であるが、「小池知事が学歴詐称をしている」という事実が、小池知事の社会的評価を低下させることは明白である。だから、これは一見名誉毀損に相当するように思える。

 これに対して「文春」側は「真実性の抗弁」および「相当性の抗弁」を反論として主張することができる。つまり、真実と信じたことを報道したわけであるから無過失であり、名誉毀損による損害賠償請求に値しない、という主張である。結論を言えば、文春側のこれらの抗弁のいずれかが認められれば、損害賠償請求が認められないということになる。

 仮に小池知事が「文春」を提訴した場合には、このように真実性の抗弁や相当性の抗弁が主たる争点になると考えられる。

「真実性の抗弁」と「相当性の抗弁」

 以下、「真実性の抗弁」と「相当性の抗弁」についてもう少し具体的に説明しよう。

 真実性の抗弁とは、(1)摘示された事実が真実であること、(2)摘示された事実が公共の利害に関する事実に関するものであること、(3)事実摘示がもっぱら公益を図る目的であること、の3つの要素から成り立っている。小池知事は、現在東京都知事という立場にあり、その資質の判断要素の一つである学歴を詐称しているという事実を公表することは、公共の利害に関するものである。

 そして、小池知事が東京都知事として相応しいのかということを論じるために学歴詐称を公表したと考えられる(少なくとも、そのような主張をするであろう)ので、「もっぱら公益を図る目的」も認められる可能性は高い。

 とすれば、「学歴詐称」が真実なのか否かが重要な争点となる。

「文春」は『女帝 小池百合子』(文藝春秋)の著者でノンフィクションライターの石井妙子氏の証言やそれを裏付ける証拠を提出して、真実性の立証をすることになる。他方で、小池知事は、カイロ大の声明文を証拠として提出することになる。これを裁判所がどう評価するかであるが、小池知事とは利害関係のない(はずの)カイロ大学の声明が信用される可能性は十分にある。

 したがって、「文春」側としては予備的に、相当性の抗弁、つまり「その事実を真実と信じるについて相当の理由があること根拠づける具体的事実」を主張・立証することになろう。

 過去の裁判例では、相当性の抗弁に関して、確実な資料、根拠であると認められたものは、犯罪事実についての捜査当局の公式発表や刑事第1審判決、インタビュー内容及びそれを裏付ける事実が存在した事案などである。他方、単に警察の広報官から取材して得た情報や新聞報道をうのみにしたような場合は、確実な資料、根拠がないとされている。

「文春」側としては、自社のライターがどれだけ丁寧に取材をして、記事を書いたかということを主張・立証したいところだ。ただ、石井氏からの取材やその著書の他に、独自にどのような裏付け取材をしていたのかが問題になるが、現時点では不透明である。もし、独自の裏付け取材をしていたとしても、取材源を秘匿するために、立証しないということも考えられる。

 なお、民事裁判では立証責任というものがあり、相当性の抗弁を構成する事実について、「文春」が立証できなければ負けてしまうことになる。

 このように考えると「文春」側は立証責任の分、旗色が悪いようにも思える。

 しかし、マスメディアは権力者の不正を正すことが存在意義であり、現在の裁判例のような基準を維持することは、マスメディアに不当な萎縮効果を及ぼしてしまうという懸念もある。憲法21条が保証する表現の自由の根本的な価値が問われる場面である。専門家の中には、公人と私人を区別して、公人の場合には、相当性の立証度を緩和するべきという立場の者もいる。

事実摘示型と意見・論評型

 ところで、名誉毀損の事件は事実摘示型と意見・論評型という2つのパターンがある。

 この区別を説明しよう。前者は真実かどうかを証明でき、後者は真実かどうかとは関係がない(個人の意見だから)、という点で違いがある。意見・論評型の場合は、抗弁の内容が変わってくる。特に、公人の名誉毀損に関しては次のような判例がある。

「真実であること、真実であると信ずるについて相当な理由があることの完全な証明がなくても、疑念、疑惑として合理的な根拠があり、国民、政党、議会あるいは司直の手によって今後更なる真実究明をする必要があることを社会的に訴えるために、これを意見ないし論評として表明することは民主的政治の維持のために許容されるべきであり、これを報道することは違法性を欠くものと解すべきである。」(東京高判平成14年5月23日)

 今回の「文春」の記事には、石井氏が取材した同居人が「彼女は実際にはカイロ大学を卒業していません」という封書を送ったという事実が書かれている。この記事自体は、小池知事の学歴詐称を断定までしておらず、(学歴詐称とは無関係なものも含め)疑惑を列挙するにとどめている。

 とすると、本件は意見・論評型であり、「疑念、疑惑として合理的な根拠」があるから違法性がないという主張は十分に可能であり、「文春」側にも勝ち筋は十分にある。このような状況に鑑みれば、小池知事も簡単には訴訟に踏み切ることはできないだろう。それよりも、さまざまな疑惑に正面から回答して、自ら疑惑を払しょくする方がよいのかもしれない。

(文=前原一輝/弁護士)

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