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吉村洋文府知事の「言論弾圧訴訟」を検証…豊島区、講演会出席者の名簿提出を不当要求

文=林克明/ジャーナリスト
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公益財団法人としま未来文化財団 HP」より

 新型コロナウイルスが完全に終息するのは、まだ先のことになりそうだ。

 自分自身や大切な人を守るために、警戒して感染拡大を防ごうとするのは当然だろう。しかし、合理的でない「8割接触自粛」などで、経済的に大打撃を受けて人生が狂ってしまった人も多い。

 そして、コロナ対策を口実に、全体主義的・ファシズム的な空気が社会に蔓延していることが危険だ。政府や自治体の要請に従わない人々を攻撃して自分の正しさに安心する、「自粛警察」「自粛ポリス」などと称される人たちが暴走している。

 一方、行政側も小池百合子東京都知事や吉村洋文大阪府知事を筆頭に、みんなが安心して攻撃できる敵(たとえば営業を続けていたパチンコ店など)をつくり、攻撃の矛先がそちらに向くように仕向けてきた。

 権力と庶民の両方からの圧力のなかで、外出自粛期間中から営業せざるを得ない人々や、街頭デモを実行する人たちを、筆者は取材してきた(5月1日付当サイト記事『安倍首相私邸前で「もっと補償しろ」デモ…「ウイルスではなく奴等に殺される」悲痛な叫び』など)。

 だが、「コロナ圧力」が筆者に直接ふりかかるとは予想していなかった。

吉村大阪府知事の「言論弾圧訴訟」がテーマの講演会

 筆者は毎月1回、「草の実アカデミー」という勉強会を主催している。コロナの自粛期間中は公民館が軒並み閉鎖になり、市民団体の会議室を借りて会場を確保し、ほそぼそと言論活動を続けてきた。

 コロナ禍が始まってから、文化や芸術イベントの開催ができなくなっていたことは、マスコミで報道されてきた。

 しかし、重要な国家賠償訴訟の報告会や、さまざまな市民運動の集会が大幅に制限されていることは、あまり報道されていない。大切な集会が開けない状況は、緊急事態宣言が発せられる前から問題になっていた。多くの集会主催者が「自粛」を余儀なくされていたからだ。

 その自粛状態に緊急事態宣言が重なって、公共施設での集会の自由が実質的になくなっていたのである。

 6月に入って、各地の公民館再開の動きのなかで、ようやく自由に講演会を実施できると喜んでいた矢先のこと。講演会会場に予定していた豊島区の公民館「雑司ヶ谷地域文化創造館」を運営する「公益財団法人としま未来文化財団」が、コロナ対策としてイベント参加者の名簿を館に提出してほしいという文書を送ってきたのだ。

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<公民館に名簿を提出するように送られてきた公益財団法人としま未来文化財団の文書>

 この知らせが届いたのが6月5日、文書発信日は6月1日である。筆者は「吉村洋文(大阪府知事)と2億円言論弾圧訴訟の全貌」というタイトルで、6月20日にジャーナリストの寺澤有氏を招いて講演会を開催する予定だ。

 2000年代前半、消費者金融最大手だった武富士は、その強引な返済取り立てが社会問題化していた。それを記事にしたジャーナリストらに対し、武富士は高額の金額を請求するスラップ訴訟(言論弾圧やいやがらせを目的とする訴訟)を仕掛けていた。

 当時、寺澤有氏は「週刊プレイボーイ」(集英社発行)において、武富士と警察の癒着を指摘する短期集中連載の記事を書いていた。そのために武富士から2億円の高額訴訟を仕掛けられたのだが、武富士側の代理人として吉村洋文弁護士が活躍していたのである。

 弁護士として活躍し始めた頃の事件なので、いま話題の吉村知事がどのような人物かを探る格好の講演会だ。その講演に出席した人の名簿を提出せよというのだから、穏やかではなない。

集会結社の自由と思想信条の自由は?

 もし参加者の名簿を公民館側に提出することになれば、集会結社の自由や思想信条の自由を脅かす勢力に筆者が加担したことになる。公民館からの文書を読んだ瞬間に、名簿提出拒否を決めた。

 6月9日、筆者は会場として予定していた「雑司ヶ谷地域文化創造館」に電話した。

筆者:「講演会の参加者名簿を提出してほしいという文書を受け取ったのですが」

公民館担当者:「それは、参加者全員の氏名と電話番号を書いて出してほしいということです。コロナ対策でクラスターが発生したときに備えてです」

筆者:「今、日本中で集会や講演会ができなくなっているところに、公民館に対して出席者の名簿を出すなどというのは問題だと思います」

 こう疑問を述べたところ、担当者が「わかるものに代わります」と電話を保留にした。

 次に電話口に出たのは館長だった。そこで筆者は、以下のような趣旨を伝えた。

筆者:「コロナ対策を理由に、講演会や文化活動、集会などを開催できなくなっており、そのうえ出席者の名簿を提出せよというのは、集会結社の自由を侵害し、思想信条の自由にもかかわる。今回の要請は重大だととらえている」

 A館長は、コロナ感染者が出た場合のクラスター対策であると、窓口担当者と同じ主旨を述べた。そこで筆者は、文京区の公民館では主催者が名簿を管理しておけばよいことになっていると告げ、同様に主催者が管理しようと考えていると説明して理解を求めた。

 するとA館長は、「いますぐ答えられないので待ってほしい。こちらから連絡します」と答えた。

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公益財団法人文京アカデミーHP、代表者が名簿管理すれば事足りると示してある

名簿提出を回避、豊島区公民館が方針を転換

 翌10日午前、館長から連絡があった。

「(講演会が)終わったあとに報告する用紙があります。出席者の体調を問う欄があるので、そこにチェックを入れていただければ結構です。その裏面に出席者の氏名と連絡先を書くようになっているのですが、それは提出していただかなくて結構です」

 あっさりと、主催者が管理すれば館に名簿を出さなくていいことになった。ということは、登録団体に向けて出した文書は、確たる根拠なしに発信されたのではないか。

 ともあれ、筆者が主催する講演会に限っては名簿を提出しなくていいと決まった。

 しかし、豊島区に複数存在する地域文化創造館に登録されている団体は、たくさんある。彼らはどうなるのか、以下のように質問を投げた。

「では、登録団体に送信した文書を修正・訂正をするのですか。メールで連絡するとか、ホームページに主催者が名簿を管理するなら館に提出しなくていいとか記載するのでしょうか」

 それに対して館長は、「それは検討していません」と答えた。

「私の主張が受け入れられたのはうれしいが、特定の団体だけが特別扱いになるのはおかしい。きちんとホームページ等で告知してもらいたいと思います。これを要望としてお伝えしますので、ご検討をお願いします」

 筆者はこう言うしかなかった。念のため、今回の文書発信元である公益財団法人としま未来文化財団 地域文化課」のお問い合わせフォームで、「主催者で参加者名簿を管理すれば館に提出する必湯はありあせん」と修正し、告知すべきではないかという要望を送信した。

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としま未来文化財団に対して、名簿に関して関係者に告知するように求めた文書

 その結果、6月17日朝、当該法人からメールで連絡がきた。

<林様からご提案いただきました内容につきまして、豊島区と協議し、「地域文化創造館のご利用時における名簿作成は、新型コロナウイルス感染拡大防止のためにご協力をお願いするものであるという趣旨を踏まえ、ご希望があれば名簿の作成及び保管については、利用者様の方で行うことも可能」といたしました>

 さらに、上記の内容を、窓口での口頭、貼り紙、ウェブサイトで知らせるということである。新型コロナウイルスを「正しく恐れて適切な対応をとる」ことからも、極めて妥当な判断ではないだろうか。

 今回の件を前述の「草の実アカデミー」メルマガで伝えたところ、「公民館に要請されて名簿を提出してしまった」という連絡もあった。

 今まで守られてきたものが、コロナを理由に守られなくなっている。それでいいのか。プライバシーや集会結社の自由を守るには、今後とも十分注意していく必要がありそうだ。

(文=林克明/ジャーナリスト)

林克明/ジャーナリスト

林克明/ジャーナリスト

1960年長野市生まれ。業界誌記者を経て週刊現代記者。1995年1月からモスクワに移りチェチェン戦争を取材、96年12月帰国。第一作『カフカスの小さな国』で小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞。『ジャーナリストの誕生』で週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。

 最新刊『ロシア・チェチェン戦争の628日~ウクライナ侵攻の原点を探る』(清談社Publico)、『増補版 プーチン政権の闇~チェチェンからウクライナへ』(高文研)
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