NEW
藤和彦「日本と世界の先を読む」

財政「反緊縮」、世界の潮流に…MMT理論で介護分野の人材の処遇改善を優先すべき

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
【この記事のキーワード】, ,

日本は不完全雇用状態から脱していない

「仮に通貨の信用が不安定になったら財政規模を縮小させればよく、ハイパーインフレの恐れはない」というMMTの主張については、「生産サイドで大規模な支障が生じた場合でも大丈夫」とはいえないのではないだろうか。

 1923年のドイツで発生したハイパーインフレのケースを見てみよう。第一次世界大戦以来、ドイツの中央銀行が大量の通貨を発行していたものの大したインフレが起きていなかったが、フランスが1923年に「賠償金の支払いが滞った」としてドイツの産業の中心地であるルール地方を占領するやいなや、全土にインフレが燎原の火のように広がった。直近の例では、白人が所有していた農地などを強制的に収容したことから農業の生産性が極端に低下したジンバブエでもハイパーインフレが起きている。

 日本ではこのようなリスクはあるのかといえば、筆者は「米中が台湾や南シナ海などで軍事衝突し日本のシーレーンが脅かされる」ような事態を懸念している。

 MMTは机上の空論のような面はあるものの、「もっと財政出動を」「財政の健全化よりも経済の健全化が大事である」とする主張には大賛成である。MMTが提唱している目標は「完全雇用の達成」である。国債発行で確保した財源を用いて、就労を希望する労働者に働く場を与えることは経済政策の王道である。日本の失業率は見かけ上低いものの、賃金があまり上昇していない現状は、いまだに不完全雇用の状態から脱していないといわざるを得ない。

終末期医療や介護分野の人材の処遇改善が第一

 日本ではいまだに緊縮を唱える専門家が多いが、世界的な潮流は「反緊縮」が優勢になりつつある。金融政策の限界が見えているからであるが、その際に重要なのは「賢い使い方」、すなわち将来的に必要と見込まれる分野に対して選択的に財政支出することである。

 会社が発行する株式にたとえると、調達した資金が有効に使われ事業内容が高度化すれば、発行数が増えたとしても株式の価値が上がるように、自国通貨建てであったとしても国債で調達される資金の使途は重要なのである。

 資金の使途として「出生率の向上」がテーマに挙がっているが、筆者は「終末期医療や介護分野の人材の処遇改善がまず第一である」と考えている。厚生労働省は6月に入り、全国の介護現場に復帰する経験者に対して、最大40万円を貸し付ける方針を固めた。資金の返済は2年間介護の仕事を続ければ免除されるというものだが、この異例の申し出の背景には、新型コロナウイルスの影響で介護施設等の業務が増大し、人手不足がさらに深刻化していることがある。

 昨年の日本の死者数は出生数の1.5倍以上である。多死社会が到来しつつある日本で何より大切なのは「誰もが安心して死んでいける」環境の整備である。終末期医療や介護の充実であれば、財政赤字拡大によるインフレを恐れる高齢者も納得するだろう。

 このようにMMTをめぐる議論で欠けているのは、将来の日本のあり方なのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

情報提供はこちら

RANKING

23:30更新
  • 連載
  • ビジネス
  • 総合