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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックオーケストラ、活動再開へ試行錯誤…密集しての演奏、感染リスクを科学的に検証

文=篠崎靖男/指揮者
クラシックオーケストラ、活動再開へ試行錯誤…密集しての演奏、感染リスクを科学的に検証の画像1
「Getty Images」より

 国民的アニメ『サザエさん』(フジテレビ)が、21日から新作放送を再開することになったと発表されました。「あれ、これまでもずっと放送していたよ」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて5月17日から新作の放送を休止していたのです。それが、現在の収束状況を鑑みて、制作活動を再開できることになったとのことです。

 そういえば、最近の『サザエさん』は、絵が少し古いような気がしていました。アニメだけでなく現在、ドラマやバラエティをはじめ、テレビ局は以前放送した番組を再放送していることが多くなっています。それはそれで、見損なった番組や好きだった番組の再放送を観ることができて楽しんでいましたが、そろそろ新しいものを観たくもなってきました。つまり、再放送も限界に近づいてきたのだと思います。 

 オーケストラも活動自粛により、3月からは通常の演奏会を開催できない状況です。しかし、オーケストラはライブ演奏なので、テレビ局のように古い映像を引っ張りだしてきて、なんとかやり過ごすことなどできません。オーケストラがなければ音ひとつ出せない指揮者の僕にとっても、この4カ月間は一生思い出したくもない時間となりそうです。

 オーケストラコンサートには1000人から2000人程度の観客が集まりますし、オーケストラ自体も、特に弦楽器などは2人がひとつの譜面台を共有するなど楽員はステージ上で密集して演奏します。音響学的にも密集して演奏したほうが良い音が出るといわれていますが、今の状況下、それが大きなネックになっていました。

 余談ですが、実際にあまりにもお互いの奏者が近づきすぎると、周囲の楽員の音で、自分の音がわかりづらくなってきますし、弓を操って演奏する弦楽奏者にとっては、腕が当たってしまいそうで安心して弾くことができません。トランペットや打楽器の大きな音が、耳のすぐ横で鳴り響いたら、演奏どころではなくなるでしょう。このように、奏者にとってはステージの楽器配置は大切です。そこで、実際に椅子を並べて配置を決めるステージマネージャーと演奏者の間で、秘かな戦いが起こるわけです。

 たとえば、マーラーの交響曲のように、ステージにたくさんの楽器を乗せなくてはいけない場合などは、ステージマネージャーは精密機械の設計図のように舞台の図面を書いて、限られたスペースの舞台になんとかすべての楽器を配置しようと現場にやってくるので、お互いの事情がぶつかります。ヴァイオリン奏者のクレームを受けて少しスペースを確保した次の瞬間、その後ろにいる打楽器奏者から「我々はどこで叩けばいいんだよ。狭すぎて叩けないよ」と、文句が出てきます。「良い演奏をしたい」という演奏家の真摯な気持ちを理解しつつ、現場の事情を鑑みながら、なんとかステージに全員乗せて、何食わぬ顔で指揮者を迎えるのが、ステージマネージャーなのです。

音楽界全体で活動再開の動き

 しかし、今回の状況下では、この両者のせめぎ合いはお休みとなるでしょう。まずは楽員の安全のために、各奏者の間に妥当な距離感を保ち、極端な密は避けながら演奏することになります。そんななかで難しいのは、ただ距離を開ければいいわけではないことです。

 距離を広くとればステージ上に全員乗ることができなくなりますし、各奏者にとっても、離れすぎてしまうと周りの音が聞こえづらくなり演奏に支障が出ます。そんなわけで、どのくらいの距離を保つのがベストなのかを、専門家の意見を取り入れながら、現在、オーケストラも試行錯誤しながら、まもなくの演奏再開に向けて取り組んでいます。

 そんななか、世界三大オーケストラのひとつ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が6月5日に3カ月ぶりの演奏会を行った際のニュースは、世界中の音楽関係者にあっと言わせました。それは、世界に先駆けて通常サイズのオーケストラで演奏したからです。とはいえ、まだオーストリア政府は100人を超える観客が集まることを禁じているので、観客はたったの100人でした。マスクをして入場した観客が、ソーシャルディスタンスを保った指定席に座り、そこでマスクを外してもよいことになっていたそうです。

 ヨーロッパでは、いまだに日本とは比べ物にならないくらいの新型コロナの感染が続いていますが、無観客でサッカーのリーグが始まるなど、文化やスポーツの世界では日本に先駆けて“Withコロナ”が進んでいます。5月初めには、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が少人数のアンサンブルで、楽員同士がソーシャルディスタンスをとった無観客演奏の動画配信を始めたりしていました。そんななかでウィーン・フィルは、あくまでもオーケストラ全員で演奏することにこだわったのです。「少人数で演奏しても、それをウィーン・フィルと呼べるだろうか?」との考えだったそうです。

 彼らの準備も入念でした。それは、すべての楽器奏者が演奏をしてエアロゾル(微粒子を含む気体)を測定する実験を行い、その検証結果を公表したのです。そもそも弦楽器や打楽器などは自然呼吸だけですが、問題は息を吹き込んで音を出す管楽器でした。結果は、意外にも一番呼気が遠くに飛ぶのはフルートで、それでも基準の「80センチ以内」にとどまることがわかったのです。ほかの管楽器も、口に当てたリードやマウスピースで発生した音が楽器本体で増幅するだけなので、呼気はほとんど口の周辺に収まり、飛沫は遠くに飛ばないことがわかり、通常のオーケストラ配置で演奏しても感染リスクを抑えられることが実証されたのです。

 その後、ウィーン・フィルは念のために、楽員全員にPCR検査を実施したうえで、世界的巨匠ダニエル・バレンボイム氏のタクトで、ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』を演奏しました。そのチケットを手に入れた幸運な100人のなかには、感動のあまり涙を流している方もいたほどです。

 今後は、オーストリア政府の指針に従い、7月から250名、8月は500名と段階的に観客数を増やしていくとのことですが、次回のコンサートチケットも、あっという間に完売したそうです。

 日本でも、いよいよオーケストラコンサートが再開し始めます。そのために、実際に演奏をしながらの科学的な検証作業が行われております。たとえば東京都交響楽団などは、演奏会に向けた試演を公開。「ライブハウスのように狭い空間で絶叫するわけではないので、弦楽器も含めてマスクの必要はなし」など専門家の助言を受け、詳しい分析結果を、同じく自粛で苦しんでいるほかのオーケストラやアマチュアのオーケストラ、吹奏楽団、合唱団にも情報提供することで、音楽界全体の再開に役立てる意向です。ようやく、日本の音楽界も新しいスタートを切ることができそうです。もちろん、専門家の指針に沿って、観客の安全もしっかりと守ることは言うまでもありません。

 さて、ヤマハ楽器による最新のエアロゾル測定結果によると、もっとも多く飛沫を出すのは、リハーサル中に口頭で指示をする指揮者だそうです。リハーサル中の楽員間の会話もよくないというドイツの研究もあり、楽員同士の大切な打ち合わせができないのはちょっと困りますが、指揮者があまり話せないのは楽員にとっては大歓迎だと思います。オーケストラにとっては、長話が好きな指揮者は困った存在で、結婚式における“親戚のおじさんの長いスピーチ”と同じなのです。

(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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