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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックオーケストラ、絶対に破ってはならない“不文律”…もし破ると背筋が凍る事態に

文=篠崎靖男/指揮者
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オーケストラにおける絶対的な不文律

 ところで、オーケストラには「規則」があるのでしょうか。演奏を披露して、観客に喜んでいただいて対価を得る仕事なので、“良い演奏をしなくてはならない”という暗黙のルールはありますが、これは規則とはいえません。そして、基本的に楽員は演奏のみが仕事なので、事務的な仕事をすることはなく、実際にお金に触れることも、経理的な計算をすることもありません。たとえば、よくニュースでもあるような会社のお金を持ち逃げしたり着服したりするような犯罪行為は縁がありませんし、そもそもそんな発想もないので、オーケストラの楽員は一番クリーンな職業ともいえます。

 そんななかで、唯一のルールがありました。これを破ると、無言で責められ続ける重罪中の重罪です。それは“遅刻”です。皆様は「そんなことなの?」と、拍子抜けされたかもしれません。

 オーケストラの楽員には、「お得意先に立ち寄ってから出勤するので、11時くらいに出社します」なんてことはありえません。10時にリハーサルが始まるとなれば、10時にすべての楽員が顔を揃えていなくてはならないことは、学校の授業とは比にならないくらいです。音楽大学に入学し、最初に厳しく叩きこまれるのは、レッスンやリハーサル時間に遅れないことです。さらに、オーケストラに入団してからは、電車が遅れようと、交通事故のために道が混んでいようと、遅刻だけは絶対にしてはならないのです。

 それには理由があります。たとえば、映画『のだめカンタービレ』(東宝)で有名になったベートーヴェンの「交響曲第7番」は、オーボエのソロで始まりますが、そのオーボエ奏者がリハーサルに遅れていたら、練習は開始できず、たった1人をすべてのオーケストラ団員が待つことになります。そんな時、事務局員は真っ青になって携帯電話でオーボエ奏者に連絡をしますが、もっと真っ青になるのは、その後、会場に到着した当のオーボエ奏者です。

 ただでさえ、限られた時間内に多くの曲をリハーサルするので、この大幅な時間ロスは、リハーサルの責任者でもある指揮者も青くなります。オーケストラというのは、ひとつのパートでも欠けてしまうと演奏にならないので、集合時刻より1時間も早くリハーサル会場に入っている楽員も珍しくはなく、そんな雰囲気の中で若手が遅刻してきたとしたら、すべての楽員から冷たい視線を浴びることになります。

 さらに、もしそれがコンサートであれば、2000人の観客も一緒になって、遅れて来る1人の奏者を待つことになるわけです。もちろん、遅刻が許されないのは指揮者も同じです。今、この文章を書きながら想像するだけで、背筋が凍る気分です。

(文=篠崎靖男/指揮者)

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●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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