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「偉人たちの診察室」第4回・小栗上野介

精神科医が分析する小栗上野介=ADHD説…有能にして傲慢、生涯に70回余の降格・罷免

文=岩波 明(精神科医)
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14歳でタバコをくゆらせ高慢ちきに大人と議論

 こういった小栗の性質は、年少の頃から見られたようだ。小栗が弱冠14歳の時のことである。妻の実家である建部家を訪れた。

 小栗は主人と相対し、タバコをくゆらせながら堂々と議論を行い、周囲の人々はその高慢さに驚いたという。

 その後も彼の議論好きは高じたままで、自説を曲げることなく、周囲からは、「天狗のじゃんこ」「狂人」と呼ばれ、変わった男と見られていた。

 このような小栗の様子は、大島昌宏氏の著作(『罪なくして斬らる』学陽書房)では、次のように描かれている。

 意に沿わないことがあると、上司にであれ遠慮なく自分の意見を主張し、容れられないと未練気もなく辞職したり免職になったりすることを繰り返してきた。

……大てい、問題解決のための抜本的正論であることが多いので上司は怖気をふるい、職権を嵩にその意見を封殺しようとする。それでもなお言い募り、口が滑って無能呼ばわりすることもあって、役を免ぜられたり自分から身を引く結果になる。ために、城内の坊主たちが、「またも小栗様のお役替え」と噂するほどになっているのだった。

 また星亮一も、次のような小栗のエピソードを紹介している。

 小栗が人に誘われて隅田川の桜を見に行ったときのことである。桜にはまったく関心を示さず、「川の瀬の水利上の利害はいかがであろう。堰を今少し高くせば有利なのか、あるいは低くせば好いのか、民生のために善悪いかがであろう」と述べて、同伴者を唖然とさせたという(星亮一『最後の幕臣 小栗上野介』ちくま文庫)

生涯において、70回あまりの役職の降格、罷免

 このような小栗の性質を、どのように考えればよいのであろうか。単なる若気の至り、才気煥発な傲慢な人物というだけではないように思える。

 小栗はその生涯において、70回あまりの役職の降格、罷免を受けた。これは異例の扱いであった。

 もっともそのたびに、小栗以外に適任がいないと再度呼び戻されたのだが、何度罷免されても、周囲に対する彼の態度やふるまいは、一向に変わらなかった。

 おそらく、小栗は、自らの言動のコントロールがうまくできない人物だったのである。言いたいことが浮かぶとどのような状況でも口にしないではいられない、あるいは相手が何を話していようと、自分の考えが浮かんだときには、相手を遮ってでも、かぶせて話してしまう。

 おそらくこういったことを繰りかえしていたため、小栗は周囲、特に年長者の不評を買い、何度も役職を罷免される憂き目にあったのであろう。

 おそらく平時であれば、小栗はそのまま単なる変人として、世の中の片隅で静かに暮らしていたに違いない。ところが、彼の生きた時代は、まさに動乱の極みであった。攘夷を取るか、海外と手を結ぶか、さらには幕府に対立する薩長の勢力とどう渡り合えばよいのか。さらには、日本を近代国家にするには、どのような改革が必要か。そうしたことに対応するには、途方もない意識改革と断固たるリーダーシップが求められた。

 こういった事態に、従来の幕閣たちは、まったくどう動いてよいのかわからなかった。このため外国の文化をよく理解しているとともに、行動力のある小栗に何度も出番が回ってきたのである。

「新奇なもの」への関心の大きさと、過剰集中とでもいうべき「突破力」

 小栗のさまざまな政策が的を射たものであったことは、彼の持っていた「新奇さへの希求」が時代の要求にうまくマッチしたことによるのだろう。

 小栗は素早く、海外の文化の「すごさ、質の高さ」を実感し、単にひれ伏してしまうのではなく、それに追いつこうとして幕政の改革を進めた、この点は、他の幕閣にはまったく不可能なことであった。

 前述した造船所の設立に加えて、彼は、銃器の製造、軍政の改革、総合商社の設立など、古い幕府の体質を変革し、明治時代の先駆けになる政策を遂行したのである。

 このような改革を実行できたのは、もちろん小栗の頭のよさがあってのものであることは確かであるが、それを可能にしたのは、前述した「新奇なもの」への関心の大きさと、過剰集中とでもいうべき「突破力」を持っていたからである。

小栗上野介はADHD的な特性を持つ人物

 発達障害の主要な疾患の一つが、ADHD(注意欠如多動性障害)である。ADHDは、不注意・集中力の障害と多動・衝動性を主要な特徴としているが、小栗においても見られる「衝動性のコントロールができない」点と、「新奇さへの希求」「危険を好む特性」は、ADHDに特徴的な性質である。

 小栗に「不注意・集中力の障害」が見られたという記録は残っていないが、彼がADHD的な特性を持った人物であったことは確かであろう。現代においても、いわゆる「起業家」には、ADHDの気性を持っている人物が少なくない。例を挙げれば、楽天の三木谷社長は、自らADHD的な特性を持っていることを明らかにしている。

 もし小栗がもう少し自己コントロールができる人物であったのであれば、歴史は大きく変わったものとなり、明治維新は成立せずに徳川家を盟主とした新体制が成立し、小栗はその中心にいて、多くの新しい事業を成功させていたかもしれない。

(文=岩波 明)

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●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」~精神科医の臨床報告~』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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