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桶谷 功「インサイト思考 ~人の気持ちをひもとくマーケティング」

社員の能力開発費、日本企業は米企業の20分の1…社員教育に莫大な投資する外資系企業

文=桶谷功/株式会社インサイト代表取締役

社員の能力開発費、日本企業は米企業の20分の1…社員教育に莫大な投資する外資系企業の画像1

アクセンチュア(「Getty Images」より)

 コロナで「テレワーク」を行った結果、「仕事ができる人」と「できない人」がわかってしまったと聞きます。また、自宅勤務の拡大を受けて、日本でも雇用が「ジョブ型」に移行していくのではないかと予想するメディアの論調も目立ちます。

 そういう社会動向の中で、日本企業にとって、またその企業に勤める会社員にとって、何が最も必要なのか。多くの企業でマーケティング・コンサルティングを行っている筆者の、現場からの実感をお伝えしたいと思います。

「ジョブ型」に移行するために、日本企業に致命的に欠けているもの

社員の能力開発費、日本企業は米企業の20分の1…社員教育に莫大な投資する外資系企業の画像2
『戦略インサイト 新しい市場を切り拓く最強のマーケティング』(桶谷功/ダイヤモンド社)

「仕事ができる人、できない人」以前に、「仕事をしている人、していない人」がはっきりしました。そして「会社に行く、会社にいる」ことが仕事をしていることだと錯覚していた人が明らかに。また、「会議をしている、あるいは会議に出ている」こと、そこで時間を使うことを仕事だと思っていた人たちも、浮き彫りになりました。実は、多くの人たちが、自分も多かれ少なかれ、会社にいることや会議をしていることを、仕事をしていると勘違いしていた、と気付いたのではないでしょうか。

 こういう仕事環境のなかでは、多くの人が「仕事ができる人」、少なくとも「仕事をする人」にならねば、と思ったはず。その先に「ジョブ型」の雇用形態や働き方があります。「ジョブ型」は、職務内容を明確にし(ジョブ・ディスクリプション)、その職務を遂行する働き方。「裁量労働」や「成果主義」などとも連動しています。これらの働き方が成立する前提になっている、根幹にある考え方は、社員がその職務を遂行できる「スキル」をもっていることです。

 つまり、ジョブ型では、働く人はすべからく職務を遂行できるだけの「スキル」をもっている必要がある、ということ。

 このジョブ型を実現する上で、日本企業には決定的に欠けているものがあります。それは、社員のスキルを高めるための「社員教育」がなされていないことです。

「社員教育」によって、社員のスキルアップをそもそも目指していない

 今まで、日本企業は社員の能力開発に、ほとんど投資をしてきませんでした。厚労省の「労働経済の分析」でも、「GDPに占める企業の能力開発費の割合」を国際的に比較してみると、日本はわずか0.1%で、米企業の2.0%の20分の1という低さ。これは、英独仏伊のヨーロッパ先進諸国の1.0~1.7%と比べても、10分の1以下です。

 また、日本では研修といっても、OJT(On-the-job Training)が中心で、実務的な仕事の進め方を学ぶだけ。人事研修のほうも、新入社員研修に代表されるような、ごく一般的な常識を学ぶものが多いのではないでしょうか。

 今までの日本企業では、自社という「会社」の社員として就職させ、いろいろな仕事をさせてきました。自社で使い勝手がよい人材を育成する、逆に言えば他社では通用しないので囲い込みができる教育です。

 ジョブ型では、特定の「職務」を果たすために、専門性をもった人を必要としますが、今までの日本企業は、社員のスキルを高める教育をおざなりにしてきたのです。

マーケティングはスキルそのもの 学習と訓練が欠かせない

 日本を代表するような、消費者向けの事業を営んでいる大企業のマーケティング部門でも、人によってスキルが大きくばらついています。考え方も属人的で、体系だったマーケティング戦略理論やブランド戦略理論・実践方法を構築していないところが目立ちます。また、独特の考え方を持つのは良いことですが、基本となる世界共通のマーケティング理論とあまりにかけ離れていて、独自性というより自己流としか思えないところも多いのが実情です。

 世界に通用するマーケティング・スキルを身に着けるという観点でいえば、P&Gやユニリーバなどのマーケティング部門で新卒後3年間教育を受けるほうが、日本企業に20年間在籍しているよりずっとスキルが身につく、というのが正直な印象です。

 実際、私が在籍していた外資系広告会社でも、P&Gからの転職者は基本的なスキルを身に着けているので、すぐ実務で稼働できますが、日本企業からの転職者はマーケティング部門で実績のあった優秀な人でも、基本的なスキルを一から学び直してもらう必要がありました。

 日本では「MBAホルダー」を「頭でっかちで使えない」などと揶揄するのをよく耳にします。たしかに、理論的な学習が先行し、現場での実践経験がともなっていないかもしれません。しかし、多くの場合、上司が勉強不足で、自分の知らない知識や理論を振りかざされるのを敬遠しているだけというのが実情ではないでしょうか。

 これは、最新のUX(ユーザー体験)やサービスデザインなどの領域でも当てはまります。モノからコトへ、消費から体験へ、ビジネスモデルの変革を唱える企業は多いですが、それを実現するための知識やスキルを持ち、さらに勉強をし続けている人は圧倒的に若い世代に多い。逆に、それらの概念を理解できずに、ボトルネックになったり抵抗勢力になってしまったりする年長の中間管理職層が少なからず存在します。

 多くの人が経験した事例でいえば、今回のコロナで一気に普及した「オンライン会議」。年齢的に若くても役職なしでも、オンラインでの操作方法や会議の進め方などの知識やスキルがある人にどんどん教えてもらう。そういう風土がある企業はスムーズに運営できます。反対に、役職が上の人が「仕事は、そういうもんじゃない」などとテレワークに抵抗を示したり、下に教えてもらうという度量をもっていない人が上にいたりする組織は悲劇を招きます。

欧米のグローバル企業の社員教育を知っておく必要がある

 マーケティングでもITでも、スキルが大事。欧米のグローバル企業は、社員のスキル教育に熱心、とお話ししてきましたが、そもそも社員教育がどういう位置付けにあるのか。現時点では自社や自分の教育環境と大きく違っていたとしても、そういう世界があることを知り、目標を描けるようになるのは大切なことではないでしょうか。

 今、世界で最も注目されている企業のひとつにアクセンチュアがあります。世界でDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進め、日本でも急成長しているコンサルティングファーム。日本での就職企業ランキングでも急上昇しています。この企業では、年間10億ドル(1100億円)を社員教育に投じています。

 CEOのジュリー・スウィート氏は、「技術の変化を先取りし流れをつくれる」人材を確保し、知識・習熟度を高めるために、教育投資を十分にする必要があると語っています。

 私がかつて勤務していた外資系広告会社でも、アジア・パシフィック・リージョンでの教育、ロンドンのプランニング本部が主導する最新メソッドの教育、日本支社内での教育が、それぞれ年間3泊~7泊ぐらいホテルに缶詰めになって行われました。新卒の社員から、経営陣まで、階層ごとに教育プログラムが組まれているので終わることがありません。

 また、特筆すべきは、教育への参加が何よりも優先されていたことです。どんな重要なプロジェクトがあっても強制参加。その1週間程度の穴埋めは、組織全体でカバーするのが当然になっていました。

 私にとって、このマーケティング・プランニングの理論・実践を、勤務先の企業が体系的に教育してくれたことが、自分のスキル形成のなかで何よりも大きかったと感じています。グローバルで通用するマーケティング・スキルを教育と実践を繰り返すことで身に着けられたからです。

 いったんベースが出来上がると、それを基準にして、他のグローバル企業ではどのようなメソッドをもっているか簡単に理解できます。また、最新のデジタル系のプランニングでは、今までの何が否定され、何がまったく新しい概念として体系化されているか、といった動向も理解しやすくなるのです。

「社員教育」がなければ、どうするか?

 教育が、社員のスキルを高める。「ジョブ型」も「成果主義」も、教育を受けてスキルがあり職務を遂行できる人材があってこそ、です。これから成長していく企業で、教育をおろそかにする企業はないでしょう。 

 しかし、社員のスキルを高める教育に関心がない企業に勤務している場合は、どうしたらいいでしょうか? 残念ながら、経営トップが関心を持たない限り、教育は進みません。テレワークに否定的な社長がいる会社で、人事や総務が評価対象にならないテレワークを推進するわけがないのと同じ理由です。

 会社に頼れないとなれば、教育を受けられる企業に転職するか、個人で勉強するしかありません。個人で勉強するという観点では、最近はインターネットで、無料もしくは低額でマーケティングの授業を受けたり学習したりできるところが現れ、学びやすくなってきました。10分という空き時間に学べることを売りにしているサービスもあります。

 ただ、断片的な知識の寄せ集めやスキルのつまみ食いにならないよう、注意が必要です。できれば、「これだ!」という考え方や理論を見つけたら、完全に理解できるまで学習と実践を繰り返して、ぜひ自分のものにしてほしいと思います。これがいったんできれば、自分なりにアレンジできるようになりますし、新しい理論や手法を理解したり取り入れたりするときの基準になってくれます。スキルを高めていくためには、まずベースになる体系的な知識と、実践を通して得た経験が不可欠だからです。

 日本でも、2019年4月から「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」が始まりましたが、制度の利用者は414名にとどまっているといいます。いまは、高年収の規定を含め、「高度」なプロフェッショナルだけが対象になっていますが、これからはすべての会社員がスキルを持った「プロフェッショナル」になっていくべきだと思います。

「会社にいるのが仕事」という時代は、コロナで終わりました。時代の流れは、「職務を遂行するのが仕事」になっていきます。そのためには、誰もが「自分は○○のプロフェッショナルになる」という自覚や目標を持つことが大切です。そうすれば、スキルは漫然と学ぶものではなく、「〇〇のプロフェッショナルになるために不可欠なもの」として、しっかり身についていきます。

 今後、「働き方改革」や「労働生産性」の議論は、「効率アップ」のステージから「社員の能力アップ」のステージに移っていきます。経営陣は、まず、会社と社員の関係が大きく変わっていくことを認識する必要があります。

 社員一人一人のスキルが上がれば、生産性の向上だけでなく、創造性の向上も期待できるようになるでしょう。しかし、社員のスキルが上がれば、社員は「スキルをより発揮できる仕事や環境」を求めるようになります。会社は、そういう仕事や環境を用意することが何より大事になっていきます。つまり「会社が使いやすい人材」ではなく、「社員が能力を発揮できる会社」になる必要があるのです。

 この覚悟があり実践できた企業には、新卒・中途を問わず優秀な人材が集まります。そして、さらにスキルを磨き、自分の成長と会社の成長を同期していくのです。

(文=桶谷功/株式会社インサイト代表取締役)

桶谷功/株式会社インサイト代表取締役

桶谷功/株式会社インサイト代表取締役

大日本印刷(株)を経て、世界最大級の広告代理店 J.ウォルター・トンプソン・ジャパン(株)戦略プランニング局 執行役員。ハーゲンダッツのブランド育成などに貢献。2005年、著書「インサイト」(ダイヤモンド社)で日本に初めてインサイトの考え方を体系的に紹介。2010年に独立し、(株)インサイト設立。マーケティング全般のコンサルティングを行う。コンサルティング実績は、食品・飲料・日用品・クルマ・医薬品・百貨店・ファッションEC・C2C・テック系サービスと多岐にわたる。インド・中国などでのインサイト探索・戦略開発や、イノベーション開発、独自メソッドの導入・教育も行う。他の著作に「インサイト実践トレーニング」「戦略インサイト」(ともにダイヤモンド社)など。企業・協会等での講演やセミナー多数。日本広告学会会員。グロービス経営大学院MBA講師。

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