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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国、マスク着用是非が政治問題化…コロナで国民が分断、BLM運動の過激化で社会混迷

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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トランプ米国大統領の公式ツイッターより

 米国の新型コロナウイルス感染者が7日、300万人を超えた。ロイターが7月1日に発表した世論調査(6月29~30日に実施)によれば、新型コロナのパンデミック(世界的流行)を「非常に」または「ある程度」懸念していると答えた人の割合は81%となり、5月11~12日調査以来の高水準となった。

 パンデミックにより病床が不足する可能性への懸念が高まっているにもかかわらず、米国ではマスクの着用の是非が政治問題化している(7月3日付ブルームバーグ)。現在の米国を象徴するような現象だが、人々の協調的な行動が求められている状況下でなぜ米国は混迷の度を深めているのだろうか。

「パンデミックが米国の分断を助長している」という考え方がある(7月1日付ニューズウィーク誌)。社会心理学の分野で唱えられている「恐怖管理理論」に基づく見立てである。新型コロナのパンデミックが続くなかで、私たちは「感染」や「死」についての情報を延々と目にしており、知らず知らずのうちに未知のものに対する不安と恐怖心が掻き立てられている。しかし人間はこのような恐怖心に無防備ではいられず、なんらかの防衛手段をとらざるを得なくなる。

 恐怖管理理論は、「自分の命を脅かす恐怖に直面すると、人々はイデオロギー(公正な世界やナショナリズムなど)や信仰などを利用して自らの恐怖心を緩和しようとする自衛メカニズムを作動させる」と主張する。人々は、人生に意味を与え自己評価の基準を提供してくれる世界観と合致する行動をとっているという自尊心によって、死の恐怖から身を守っているというわけだが、いくつかの実証的研究において、死に対する認知が人々の行動に影響を及ぼすことが明らかになっている。

 これをパンデミック下の状況にあてはめてみると、人々は「社会にとって意義のある行動に参加している」と自らに言い聞かせることによって、新型コロナへの恐怖心を最小化したいと考えているということになる。

 このような観点から見ると、長年の懸案だった人種問題の解決を訴える人種差別反対(BLM)運動は、「意義のあることに身を捧げたい」と願っていた人々にとって非常に好都合だったことがわかる。デモ参加者は「BLM運動は感染リスクを冒すだけの価値があり、全身全霊を捧げるべきだ」と信じることによって、一時的ではあるが、パンデミックの恐怖から解放され、生きる意味を再発見できるからである。

 しかし死の恐怖から逃れるための衝動が根底にあるため、デモ参加者の多くは、自分とは異なる意見を拒絶する一方、改革と正義を求める自らの思いを共有していると思われるリーダーを熱狂的に支持するという危うさをはらんでいる。

米国で文化大革命のような悪夢再来か

 BLM運動が世界全体に広がっている現状を目にすると、「イデオロギーの亡霊が21世紀に復活した」との思いが頭をよぎる。 BLM運動のニューヨーク地区責任者であるホーク・ニューサム氏は6月24日、FOXニュースに出演し、「米国が真の変革に向けて行動を起こさなければ現在のシステムを焼き払う用意がある」と発言した。「人々が破壊行為を始めたらすぐに警官を解雇できるなんて、この国は暴力という声しか聞かないのか。この国は暴力の上に築かれている」とニューサム氏は考えているからである。

 確かに米国では自衛のため武装は憲法で保障され、「アメリカ人らしい行為」として称賛される。米国の外交も相手の国に攻め込んで、指導者を好みの人物に差し替えるのが常套手段である。暴力による現状改革を肯定する声が聞かれるようになったのは、米国の人々が自らの民主社会の正統性に疑念を抱き始めている証左である。

 事態はさらに深刻化する可能性がある。BLMの活動家でもある作家のショーン・キング氏は6月22日、「パレスチナで生まれたイエスは白人であるはずはない。白人姿のイエス・キリスト像は『白人至上主義』の表れであり、取り壊すべきだ」とツイッター上に投稿した。BLM運動の参加者は全米各地で奴隷制度の加担者だとして歴史上の人物の銅像を引きずり下ろし、記念碑に落書きすることで積年の恨みを晴らしているが、「このような暴挙は行きすぎである。BLMのメンバーは、過去に毛沢東によって動員された紅衛兵が中国の伝統文化を破壊したように、米国の文化と精神を壊そうとしている」とする懸念の声が黒人サイドからも上がっている(6月25日付大紀元)。

 ニューヨーク連邦準備銀行が5月4日に発表した研究論文によれば、1932年から33年にドイツで実施された総選挙で、スペイン風邪の死亡率が高かった地域でヒトラーが率いるナチ党に対する得票率が高かったという相関関係があったことが明らかになっている。当時のドイツではスペイン風邪で約29万人が命を落としたが、死の不安というトラウマを抱えた人々は、絶望的な現状を強権的な政治手法で変革することに魅力を感じてしまったのかもしれない。

 米国の新型コロナウイルスによる死者数は13万人を超え、世界第1位である。国難ともいえる事態に政治がリーダーシップを発揮できなければ、米国で今後「文化大革命」のような悪夢が生じてしまうのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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