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片田珠美「精神科女医のたわごと」

自殺のために車の正面衝突を起こした男の精神構造…自己責任論跋扈と貧困拡大の帰結

文=片田珠美/精神科医
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強い復讐願望

 それでは、憎悪や攻撃衝動が自己と他者の間を行ったり来たりするとき、自殺に向かうのか、それとも他殺に向かうのかを決定する要因は一体何なのか? これは、復讐という動機の強さによって決まる。

 もちろん、自分自身の生命を犠牲にする究極の自己懲罰によって、もともと憎しみや敵意を抱いていた対象への復讐を果たそうとする意図が、自殺を図る人の胸中にまったくないわけではないだろう。

 自殺者の根底に潜む復讐願望は、たとえば、いじめを苦にして自殺した中学生や高校生がしばしば遺書に自分をいじめた生徒の名前を書き連ねていることに表れている。自殺した本人がどこまで意図的にやったのかは推測の域を出ないが、少なくとも自分が自殺した後、名前を書かれた生徒に対して聞き取り調査が行われ、場合によっては罰が与えられることを想定もしくは期待していたはずで、いじめの加害者への憎しみと復讐願望が透けて見える。

 だから、自殺者の胸中に復讐願望がまったくないとはいえない。だが、復讐願望が強くなるほど、他人を巻き添えにする危険性も高まる。そのため、復讐願望は拡大自殺の重要な要因になる。

 困ったことに、多くの人は自分自身が復讐願望を抱いていることに気づいていない。心の奥底に潜んでいる復讐願望を自覚できれば、まだ対処のしようがあるのだろうが、むしろ、そんな忌まわしい衝動などあってはならないし、あるはずがないと思い込んでいる人がほとんどだ。そういう無自覚の衝動にいったん火がつくと、それが外部に向けられるにせよ、反転して自分自身に向けられるにせよ、暴走して手がつけられなくなるのである。

怒りと被害者意識

 復讐願望を抱いている人の胸中には、怒りも煮えたぎっていることが多い。古代ローマの哲学者、セネカが見抜いているように、「怒りとは、不正に対して復讐することへの欲望」だからである。

 見逃せないのは、怒りに駆られている人がしばしば「不正に害された」と思い込んでいることだ。とくに怒りから拡大自殺を図る人の多くは、自分だけが理不尽な目に遭っていると思い込んでいる。

 もちろん、恵まれない家庭で育ったとか、予期せぬ不幸な出来事に遭遇したとか、何らかの失敗や挫折を経験したとか、経済的に困窮したとかいう事情を抱えており、追い詰められた末に犯行に及んだのだろうとは思う。

 ただ、中には、客観的に見ると乗り越えられないほどの大きな困難ではなく、別の選択肢もあったはずなのに、拡大自殺を選んだのは一体なぜなのだろうと首をかしげざるを得ない事例もある。

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5:30更新
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