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片田珠美「精神科女医のたわごと」

自殺のために車の正面衝突を起こした男の精神構造…自己責任論跋扈と貧困拡大の帰結

文=片田珠美/精神科医
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 その一因として、強い被害者意識があるのではないか。何でも被害的に受け止めると、「なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないんだ」と怒りを募らせやすく、当然復讐願望も強くなるからだ。

 問題は、こうした被害者意識が日本で最近強くなっており、「自分だけが割を食っている」と感じている人が年々増加しているように見えることだ。その背景には、個人的な要因だけでなく、社会的な要因もあると考えられる。

 まず、日本の貧困化が進んでいる。それに拍車をかけたのがコロナ禍である。しかも、日本人がみな一様に貧しくなっているわけではない。一握りの大金持ちがいる一方、食べていくだけで精一杯の貧乏人もいる。格差が拡大し、かつて「一億総中流時代」と呼ばれていた頃の「平等幻想」はもはや崩壊した。

 また、小泉政権以降広がった自己責任論も見逃せない。被害者意識の強い人の増加と自己責任論は、一見相反するように見えるかもしれないが、両者は表裏一体である。自己責任論が幅を利かせるほど、被害者意識の強い人は増える。

 というのも、自己責任論は、ある意味過酷だからだ。自己責任論を突き詰めると、うまくいかないのはすべて自分のせいということになるが、それを認めるのは非常につらい。何よりも、自己愛が傷つく。だから、強い自己愛の持ち主ほど、自己責任を否認して、「自分に能力がないわけでも、努力が足りないわけでもなく、○○のせいでこうなった。自分はあくまでも被害者なのだ」と思い込もうとする。したがって、社会が自己責任を強く求めるほど、他人のせいにする他責的傾向も、被害者意識も強くなる。

 このように被害者意識が強くなると、「自分はこんな理不尽な目に遭っている被害者なのだから、復讐するのは当然だ」と思い込む人が増える。その結果、絶望感と厭世観にさいなまれた人が、誰でもいいから殺して復讐を果たし、なおかつ自らの人生に終止符を打とうとする拡大自殺がますます増えるのではないだろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書 2017年

林直樹『リストカット―自傷行為をのりこえる』講談社現代新書  2007年

セネカ『怒りについて 他二篇』兼利琢也訳 岩波文庫  2008年

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