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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

意外と指揮者を悩ます、ベートーヴェン『第九』で合唱団はいつ入場すればよいのか問題

文=篠崎靖男/指揮者
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『第九』を歌う合唱団、みんなが喜ぶ入場のタイミングとは?

 ここで、合唱団がいつステージに入場すればよいのかという質問の話に戻ります。『第九』は4つの楽章からできており、ソリストと合唱団が歌うのは4楽章のみです。物理的には、4楽章の前に入場しても間に合いますが、大概は交響曲の真ん中あたりに位置し、タイミングもちょうどよい3楽章の前に入場することがほとんどです。ですから、冒頭の質問の答えは、「最初から」か「3楽章の前」という二者択一となります。とはいえ、そこにはいろいろな事情が入り込んでいるのです。

 僕も時には、事務局に「最初から入ってほしい」と言ってみることもあります。それにもかかわらず、演奏会直前の合唱団との練習の際に、大概は合唱指導者から同じ質問が来るのです。「マエストロ。合唱団は最初からステージに入ると伺いましたが、合唱団員には高齢の方々も多くて……」などと難色を示され、それでも「やはり最初から」とお願いしても、「マエストロのお気持ちはわかりますが……」と、なかなかまとまりません。指導者は「最初から舞台にいるのはつらい」という、合唱団の気持ちを代表なさっているからです。

 そこで仕方なく、「3楽章からでいいですよ」と許可を出します。実はこれは、4楽章からしか演奏しないオーケストラの打楽器奏者も、合唱団に紛れて入り込む場合も多々あるので、みんなが喜ぶ解決方法なのです。もちろん、これによって演奏が変わるわけではないので、聴衆の方々はご安心ください。むしろ、アマチュア合唱団の場合は、応援に来られているご家族が、オーケストラと同時ではなく、単独で入場してくる合唱団員一人ひとりのお顔をしっかりと見ることもできます。

 これは、ソリスト歌手にとっても同じようです。数年前になりますが、この話をあるベテランの女性ソリスト歌手にしたことがあります。すると「ソリストも最初から入っておいてほしいと指揮者に言われたことが何度かあったけれど、『第九』を1楽章からしっかりと聴いて、4楽章の出番で歌いだすのも、なかなかいいものなのよね」との返事でした。「じゃあ、明日の本番も1楽章から入りますか?」と言ってみると、「いやいや、それは……」という曖昧な返事。最終的には、やはり合唱団と一緒に3楽章の前に入っていただくことになりました。

 ソリスト歌手や合唱団には、やはり声帯を守って最高の声で歌っていただきたいので、僕は3楽章からの入場でお願いするのですが、演奏会後の打ち上げでソリストや合唱団員からは「3楽章が美しかったです」とか、「4楽章のマエストロの指揮には感動しながら歌うことができました」という話ばかりで、せっかくオーケストラが大名演をした1、2楽章に対するコメントがないことは、心から残念に思うのです。

 演奏会の休憩中に観客が一斉に咳込むのも、音楽のメロディーと一緒に声帯が動いているからと聞いたことがあります。ポップコンサートならば、時には一緒に口ずさんだり歌ったりすることができますが、クラシック音楽の場合は声を出すことはできないので、どうしても声帯に負担をかけてしまい、咳をしたくなるようです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

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●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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