ビジネスジャーナル > 社会ニュース > カルロス・ゴーン、日産酷評の理由
NEW
片田珠美「精神科女医のたわごと」

カルロス・ゴーンが日産を酷評し始めた理由…なぜ人は古巣の迷走に留飲を下げるのか

文=片田珠美/精神科医
カルロス・ゴーンが日産を酷評し始めた理由…なぜ人は古巣の迷走に留飲を下げるのかの画像1
日産自動車グローバル本社(「Wikipedia」より)

 レバノンに逃亡中のカルロス・ゴーン被告が、仏紙「ル・パリジャン(Le Parisien )」のインタビューで、日産自動車と仏ルノーの決算を「惨め(lamentable)」と酷評した。

 この“lamentable”は、「情けない」「ひどい」「無残な」「悲惨な」「痛ましい」などとも訳され、かなりきつい言葉である。ゴーン被告は、「箸にも棒にもかからない」状態で、ひどすぎて手がつけられないと言いたいのだろう。

 これほどきつい言葉でゴーン被告が古巣を酷評したのは、次の3つの心理によると考えられる。

1)ざまあ見ろ

2)自身の存在感を誇示したい

3)自分の現状のほうがましと思いたい

ざまあ見ろ

 まず、自分を追放した古巣に強い怒りを抱いており、1)ざまあ見ろという気持ちなのだろう。とくに日産に対する怒りがすさまじいように見える。自分はつぶれかけていた日産を建て直した功労者なのに、日産から追い出されただけでなく、刑事被告人にされてしまったと思っているはずで、はらわたが煮えくり返っているのではないか。

 古代ローマの哲学者、セネカが見抜いているように、怒りとは「不正に対して復讐することへの欲望」にほかならない。客観的にはどうであれ、ゴーン被告は、日産と日本の検察の「不正」な結託によって逮捕・起訴されたと思っているだろうから、復讐願望を抱くのは当然だ。

 怒りと復讐願望は、相手の不幸や苦しみを欲する。だから、自分が追放された後の日産の迷走を見て、復讐願望が少しは満たされたかもしれない。

自身の存在感を誇示したい

 ゴーン被告は同紙のインタビューで、2018年11月から2020年6月までの古巣の株価の下落率に言及した。この期間に日産が55%、ルノーが70%下げたのに対し、ライバルのゼネラル・モーターズ(GM)は12%、トヨタ自動車は15%の下げにとどまっている。この点にゴーン被告は触れ、「どのメーカーも同じコロナ危機に直面しているが、ルノーと日産は他社よりも打撃が大きい」と指摘したのだ。

 さらに、ゴーン被告は「自分の実績を誇りに思う」という趣旨の話もしているので、2)自身の存在感を誇示したい願望が強そうだ。「カリスマ経営者」として名をはせた自分が古巣のトップにとどまっていたら、両社の共同経営体制を維持しながらコロナ危機にもうまく対応できたはずで、こんな惨状にはならなかったと言いたいのだろう。

 ゴーン被告に限らず、自分が所属していた会社、大学、病院などの組織から追われた人は、古巣の迷走を見て溜飲(りゅういん)を下げることが多い。古巣を去らなければならなくなった理由は、権力闘争に負けたとか、不祥事を起こしたとか、リストラで早期退職を余儀なくされたとかさまざまだが、だいたい「自分がいた間はうまくいっていたが、自分が辞めてから全然ダメになった」と話す。

 客観的に見て古巣が本当にダメになっている場合もあるし、客観的に見るとそれほどダメになっているわけではないが、本人だけが「自分が辞めてから全然ダメになった」と思い込んでいる場合もある。少なくとも日産は、素人の私から見ても、かなりダメになっているようなので、ゴーン被告が「自分がトップにとどまっていたら……」と思うのも無理からぬ話だ。

自分の現状のほうがましと思いたい

 ゴーン被告は現在それほど恵まれた境遇にあるわけではない。フランス検察当局は、ゴーン被告によるルノーの資金の流用疑惑を捜査中で、7月13日にフランスに召喚したが、彼は姿を見せなかった。その理由について、ゴーン被告は「手続き上の問題がある。日本政府が私の国際手配を要請したため、私のパスポートはレバノン当局が持っている」と説明した。

 事実とすれば、ゴーン被告がレバノンから出国できるかどうかはレバノン政府の方針次第ということになる。それだけでなく、身の安全が守られるかどうかも、レバノン政府の胸三寸(むねさんずん)で決まる。

 しかも、レバノンは現在きわめて厳しい状況にある。財政悪化に端を発する昨年10月からの反政府デモに加えて、今年3月の同国初のデフォルト(債務不履行)によって通貨の信用が失われた。それにコロナ危機による失業増が追い打ちをかけ、通貨が大幅下落し、経済危機が悪化した。その結果、これといった産業がなく生活物資を輸入に頼るレバノンでは、物価が高騰し、自殺や犯罪が増加しているという。

 このように治安が悪化し、困窮しているレバノンでは、一部の富裕層への怒りと反感が強まっている。当然、その矛先はゴーン被告にも向けられるはずだ。そういう環境で暮らすのを居心地がいいと思えるだろうか。

 もちろん、日本にとどまっていたら、自由を制限され、家族にも会えなかったはずだ。だからレバノンに逃亡したのだろうが、同国から出られなければ、「カリスマ経営者」として腕を振るう機会は与えられない。

 そういう状況だからこそ、古巣の惨状を酷評して3)自分の現状のほうがましと思いたいのではないか。つまり、ゴーン被告の現状がある意味では“lamentable”であるがゆえに、古巣をそう酷評したというのは、うがった見方だろうか。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

セネカ『怒りについて 他二篇』兼利琢也訳 岩波文庫  2008年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

カルロス・ゴーンが日産を酷評し始めた理由…なぜ人は古巣の迷走に留飲を下げるのかのページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!