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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

米国政府が5兆円投資し「半導体製造」に本気を出し始めた…戦略もヤル気もない日本政府

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
米国政府が5兆円投資し「半導体製造」に本気を出し始めた…戦略もヤル気もない日本政府の画像1
「TSMC HP」より

米国と日本がTSMCの半導体工場を誘致

 1987年に、製造専門の半導体メーカー(ファウンドリー)として設立された台湾TSMCは、今や微細加工技術のトップランナーになった。

 昨年2019年に7nmプロセス(N7)を立ち上げ、孔系に最先端露光装置EUVを適用するN7+の量産を実現した。今年2020年は、孔だけでなく配線にもEUVを使う5nmプロセス(N5)の量産態勢が立ち上がっている。さらに、来年2021年に量産が開始される3nm(N3)の開発が完了し、現在は2nmプロセス(N2)の開発が本格化している。

 TSMCの微細化に追従しようとしているのは、韓国サムスン電子だけであり、米インテルは2016年に10nmプロセスの立ち上げに失敗して以降、14nmから先に微細化を進めることができていない。

 このように、世界最先端の半導体の微細化を驀進しているTSMCに対して、米国が国内へ半導体工場を建設するよう要請していた。そして、とうとう5月15日にTSMCがアリゾナ州に半導体工場を建設することを発表した(5月15日のTSMCのニュースリリース)。TSMCの発表によれば、2021年から120億ドルを投じて、5nmプロセスの半導体工場を建設し、2024年から月産2万枚のウエハで半導体を製造するとしている。

 一方、日本政府もTSMCの半導体工場を国内に誘致しようとしていることを、7月19日の読売新聞が報じた(ニュースソースは7月20日の中央日報)。上記記事によれば、日本政府は半導体産業育成戦略を大幅に修正し、既存の日本企業同士の連帯方式を断念する代わりに、半導体生産競争力が優れた外国企業と、日本が強みを持つ素材・部品・装置企業同士の国際連帯を支援する方向に舵を切る。そして、日本政府はTSMCが日本に工場をつくる場合、今後数年間に1000億円の政府資金を支援する計画であるという。

 しかし筆者は、TSMCが日本に半導体工場をつくることはあり得ないと考えている。本稿では、TSMCが米国に工場をつくる一方、日本にはつくらない根拠を論じる。

 結論を先取りすると、TSMCにとって、米国と日本では政府支援の規模や本気度が違う上、TSMCのカスタマーの約60%が米国であるのに対して日本はわずか5%にすぎないことが、工場建設の可否に直結しているといえる。

米国が半導体製造のために2つの法案を提出

 米国政府は、米国内における半導体製造を強化する目的で2つの法案を議会に提出した。

 まず、超党派の米議員たちが6月10日に“CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors) for America”という法案を提出した。この法案は、国内の半導体製造を復活させ、研究開発に資金を提供し、技術サプライチェーンを確保することを目指している。

 6月22日付のEE Times Japanの記事によれば、「CHIPS for Americaは、マーケティングとは別に、米国防総省が既に実施しているエレクトロニクスの『復活』に向けた取り組みに少なくとも120億米ドルを投入する他、半導体の研究開発に向けてその他の連邦政府機関に50億米ドルを投資することを提案している」という。

 さらに6月25日には、やはり超党派の上院議員たちが、2つ目の法案となる“American Foundries Act of 2020 (AFA)”を提出した。CHIPS for Americaは米国国防総省をはじめとする政府機関によるプロジェクトへの資金提供を主とした法案であるが、AFAでは、米国の各州に対し、商業的な半導体製造施設の拡大を促すための助成金を提供する。各法案での資金提供額はAFAが250億米ドル、CHIPSが220億米ドルであり、その合計は470億米ドル(約5兆円)にのぼる。

 7月2日付のEE Times Japanの記事によれば、「AFAは米商務省に対して、150億米ドルの資金を提供する権限を与えることにより、州政府が、半導体工場の他、アセンブリやテスト、最先端パッケージング、最先端の研究開発を行う関連施設の建設や拡張、近代化をサポートできるようにするという」。

 CHIPS for AmericaとAFAの2つの法案が可決されれば、TSMCのアリゾナ工場建設に多大な支援が行われることになるだろう。また、TSMCがファウンドリーで半導体を製造する周辺には、各種製造装置、各種半導体材料、半導体のテストやパッケージなどのエコシステムが必要になる。2つの法案は、そのエコシステムの構築を強力に推し進めることができる。

米国と日本の本気度の違い

 前掲記事のなかで、米上院議員のJim Risch氏が「半導体産業は米国で始まったが、アジア、特に中国が半導体製造に多大な投資を行う中、米国は製造で後れを取る危険性がある」と指摘している。要するに、「中国製造2025」という政策を掲げて、半導体製造を強力に推し進めようとしている中国に大きな警戒感を持っているというわけだ。

 つまり、TSMCの半導体工場を米国に誘致し、2つの法案を提出した米国には、中国に対する危機感がある。それが、2つの法案で合計470億米ドル(約5兆円)を支援する巨額の金額にも表れている。要するに、米国の半導体製造への回帰は本気モードなのだ。

 これに対して、我が国日本はどうだろうか。

 半導体製造を支援するための法案が検討されているという話は聞こえてこない。その上、TSMCの工場誘致に対する政府の支援金は、わずか1000億円である(しかも数年間で)。桁が一つ足りないのではないか。この支援額では、TSMCが半導体工場を建設するモチベーションには到底なり得ないだろう。

 このように、米国と日本では、TSMCの半導体工場誘致に対する支援金の金額にも、本気度にも、雲泥の差がある。したがって、TSMCが日本に半導体工場をつくることはあり得ないように思う。

TSMCの地域別売上高構成比

 TSMCの半導体工場を誘致しようとする日米政府の本気度や支援額に大きな違いがあるが、TSMC側にも日本に半導体工場をつくるモチベーションが湧かない事情がある。

 図1は、TSMCの地域別四半期毎の半導体売上高構成比の推移を示したグラフである。TSMCにとって、最大のカスタマーが米国であることは一目瞭然であろう。2002~2010年までは、米国比率が70~80%を占めていた。2010年頃から中国比率が増大し始めてから、米国比率が減少したが、それでも約60%を占めている。

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 米国には、アップル、クアルコム、ブロードコム、NVIDIA、AMDなどのビッグカスタマーが勢ぞろいしており、TSMCの最大の顧客なのだ。直近の2020年第2四半期では、米国が58%、ファーウェイの成長とともに売上高構成比が上昇した中国が21%、中国を除くアジアが10%、欧州が6%、日本が5%となっている。なお、2020年9月以降、TSMCは米国政府の要請により、ファーウェイ向けの半導体を出荷しなくなるため、中国比率が激減することが予想される。

 話を日本に戻すと、TSMCから見た日本とは、たった5%のビジネス規模しかない国である。約60%を占める最大顧客の米国とは、まるで重要性が異なるのである。

やるなら本気でやれ

 まとめると、TSMCにとって売り上げの約60%を占める最大顧客の米国は、半導体工場誘致にあたり総額470億米ドル(約5兆円)を支援する2つの法案を提出している。一方、わずか5%の売上規模しかない日本では、TSMCに対する政府の支援金額は、数年間で1000億円しかない。

 いくら、日本が製造装置や材料に強みを持っているといっても、TSMCにとって日本は魅力的な国には見えないだろう。本当にTSMCの半導体工場を誘致したいなら、TSMCがよろめくほどの支援策や支援金を提示するべきである。たった1000億円で、TSMCが最先端の半導体工場をつくってくれると思ったら大間違いだ。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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