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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」

トヨタの北米売上、対前年比「3割減」は経済学の理論的に予測できる…所得弾力性より考察

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
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Corolla SE北米仕様(「Wikipedia」より)

 今回は日本経済の予言の話ですが、まず直近の経済ニュースから始めたいと思います。北米市場での今年4~6月期の自動車販売状況が発表されました。それによればGMフォードなどアメリカの3大自動車メーカーが対前年比で35%の販売減、日本メーカーも同様に34%の販売減であることがわかりました。とにかくアメリカで自動車が売れていないのです。

 自動車の販売数が対前年で3割超も落ちるなどという数字は、見たことがないという方もいらっしゃるかもしれません。当然、このひどい状況は新型コロナが引き起こしたものです。この時期、アメリカで新型コロナの感染が拡大し、多くのアメリカ市民がリモートワークで日々を送っていたわけで、新車を買うという余裕などなかったわけです。

 一方でこの3割減というダメージは、ファッションや日用品などの他の小売業の減少額と比較するとずっと大きな減少幅です。自動車業界にいったい何が起きているのでしょうか。

 実は先ほど「3割も落ちるなどという数字は見たことがないという方もいらっしゃるかもしれません」と書いたことには意味があって、この数字、実は逆に以前に見たことがある方も結構いらっしゃる数字なのです。

 おそらく自動車業界で長年お仕事をされている方なら必ずやご記憶があるはずなのが、「北米市場で販売が3割減」というこの数字が、リーマンショックのときに自動車業界が直面した過去に例がないといわれた販売減少と同じ幅の数字の落ち込みだったことです。

 実際の数字を見てみると、2008年9月にリーマンブラザーズが経営破綻した直後、北米の自動車販売台数は対前年比でマイナス30~40%近くの販売減が半年以上も続きました。

自動車の所得弾力性は大きい

 そしてこの現象は、実は経済学的に解明されています。自動車業界は大きな経済不況に直面した場合に、他の商品やサービスよりもずっと大規模な販売減に直面することがわかっているのです。経済学的な説明は、「自動車の所得弾力性があらゆる商品・サービスのなかで一番大きいから」というものです。

 不況になると多くの人の所得が減ります。サラリーマンなら残業代が出ないとかボーナスが出ないなど、自営業なら仕事が大幅に減ったとか赤字が嵩んだとかいった状況になり、国民全体の所得が減ります。今回の新型コロナの場合にはもっと酷く、会社やお店が休業どころか廃業が決まったとか、雇用契約が打ち切られたといったケースもかなりの数に上っています。

 こうして国民の所得が減った場合に、その何倍で消費が冷え込むかを示す数字が所得弾力性です。所得弾力性が大きい商品やサービスとしては自動車、耐久消費財、旅行、外食、イベントといったものが知られているのですが、そのなかで飛びぬけて所得弾力性が大きい商品が自動車で、その所得弾力性はある研究によれば5.5倍ぐらいだといわれています。

 実際にリーマンショックのときにはトヨタ自動車の北米での自動車販売台数は前年比30%から40%近くも減少する期間が半年以上続いたうえで、最終的に年間の販売台数が25%減まで落ち込みました。そしてその時の状況と、足元で発表があった4~6月期の北米市場での日本車メーカーの販売減のペースが非常によく似ていることがわかります。

 IMFは新型コロナでのアメリカの経済成長率の落ち込みが当初は年間でマイナス5.9%ほどと予測していましたが、直近でさらに下方修正してマイナス8.0%という恐るべき落ち込みになりかもしれないと言い出しました。

 年間を通じてアメリカの経済成長率がマイナス5.9%になるということは、ざっくりといえばアメリカ人の所得も同じくらい減るということです。この5.9%を5.5倍するとマイナス32%、8.0%を5.5倍するとマイナス44%という計算になります。

 そこまで販売が停滞するというのは過去の常識的には考えにくいのですが、ひょっとするとこの一年のアメリカでの自動車販売台数はそれくらいのレンジで減るかもしれない。これはつまり、自動車という所得弾力性が高い商品について、大不況のときに起きる業績悪化の歴史は理論通りに繰り返すことを意味します。もし今回、IMFの修正予測水準までGDPが落ち込むとしたら、北米市場での日本の自動車メーカーの売上減少幅はリーマンショックを確実に超えてしまうでしょう。

リーマンショック時との違い

 さて、この自動車メーカーの販売減がリーマンショックと同じメカニズム、同じ規模感で起きているのだと仮定すれば、2021年3月期のトヨタの最終決算は、リーマンショックのときの2009年3月期のトヨタの決算からだいたいの予測ができることになります。それを検証してみましょう。

 リーマンショックのときはNTT、新日鉄(当時)、キヤノン、パナソニックなど名だたる日本の大企業が軒並み大幅な減益に直面したのですが、なかでもトヨタの減益幅がすさまじかった。その前年が売上高26兆円だったところから5.8兆円も売上が減り、その影響で営業利益は2.3兆円の黒字から0.5兆円の赤字へと転落しています。

 そして今回もトヨタは2020年3月期にほぼ30兆円だった連結売上が21年3月期には24兆円と約6兆円減る業績予想を発表しています。この減収幅はリーマンショックと同じ規模の世界的な売上減を見込んだ数字だととらえることができます。

 その一方で営業利益は2兆円しか減らない、0.5兆円の黒字決算を予想しています。この差はいったいなんなのでしょうか。リーマンショックのときは0.5兆円の営業赤字で、新型コロナでは0.5兆円の営業黒字をトヨタが予想している背景には、当時と2つの条件の違いがあります。

 ひとつはリーマンショック当時1ドル=110円近辺だった為替が、ドルへの不信で安全資産としての円が買われ、1ドル=89円と大幅に円高が進行し、結果的に輸出分の為替差損が大きく発生したことです。そしてもうひとつが、当時のトヨタが売上世界一を視野に入れた大幅な製造能力の拡張に走っていたことで、その投資が無駄になった部分が大きかったわけです。

 リーマンショックの際にはこの2つの要因の影響でさらに1兆円以上も損失が拡大したのですが、一方で今回の新型コロナでは(為替はこの先、どうなるのか読めない部分はありますが)その点については同じことが起きているわけではない。その分を考慮すると、今回は大幅な減益とはいえ、なんとか黒字が確保できるというのが現時点でのトヨタの予想の根拠でしょう。

 いずれにしてもアフターコロナの経済では、リーマンショックと同様の車の買い控えが確実に発生します。いや、北米の販売データを見ればすでにそれが起きているということです。そしてリーマンショックのときはアメリカでマイナス25%減という市場縮小が起きただけでなく、日本でもマイナス11%減という需要停滞が起きました。

 今回もおそらくそれと同じ状況がこれから来年3月にかけて発生するでしょう。リーマンショックと新型コロナというようにその原因はまったく違うのですが、どちらも私たち生活者の収入を大幅に減らすショックだった。そのことからこれから同じ未来が繰り返すことが、経済学の理論をベースによってはっきりと予測できるという話なのです。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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