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「偉人たちの診察室」第6回・織田信長

精神科医が分析する織田信長の残虐さ…「反社会性人格障害」「サイコパス」は本当か

文=岩波 明(精神科医)
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豊臣秀吉の正室、高台院の像(京都府・高台寺所蔵)。「ねね」「おね」と呼ばれることもある。(画像はWikipediaより)

秀吉の妻・おねに送った手紙に見えるきめ細やかな心配り

 信長のきめ細かい心配りは、部下の家族にまで及んでいる。二木謙一氏はその著作のなかで、信長が秀吉の妻であるおねに出した手紙を紹介しているが、その内容は女性の気持ちにしっかりと配慮したものとなっていて、心憎い(二木謙一『戦国武将の手紙』角川ソフィア文庫)。印象的な内容であるので、少し長くなるがその一部を紹介してみよう。

「このたびは、はじめて安土城に出仕してくれてうれしく思う。ことに見事な土産物をいろいろ持参され、かたじけない。
(中略)
 とりわけ、お前の容貌が、以前会った時よりも、十倍も二十倍も美しく立派になっている。それなのに、秀吉が不満を並べ立てているとはまことにけしからん。どこを探したとてお前さんほどの女は、二度とふたたび、あの禿げ鼠の秀吉にはみつかりっこない。だからお前さんも、これからは奥方らしくもっと心を大きくもち焼餅など起こしてはいけない。

 ただし夫を立てるのが女の役だから、慎みを忘れずに夫の世話をしてやるように。なおこの手紙を羽柴秀吉にも見せてもらいたい」

 一読してわかるように、おねへの心配りに加えてユーモアにあふれた、それでいて要点をはずさない文章になっている。現代でも十分に通用する手紙である。単なる儀礼的な礼に留まらず、しっかりとおねの美貌をほめたかと思うと、秀吉には過ぎた女房であると持ち上げて、同時に亭主を責めるのもほどほどにと諭している。

 おねに対する信長の目線には温かな感情を感じられ、「サディスティック」とか「反社会性」といったこととは、無縁である。この手紙を微笑みながら読むおねと、恐縮してのぞきこむ秀吉の姿が浮かんでくるようだ。こうしてみると、実は信長は、なかなかの「人たらし」であったように思えてくる。

信長はADHDだった、とはいえない……?

 信長についてはとにかく、真偽いずれともわからない多くの伝説が存在している。幼少時より粗暴で乳母の乳首を噛み切ったとか、少年時代には型にはまったことが嫌いで奇抜な身なりで町を練り歩いたともいわれている。

 信長は鷹狩りのほか、武術の稽古に熱心であり、よく馬を乗り回していた。彼の行動は素早い。大将であるにもかかわらず合戦では一番乗りをすることも多かったが、逆に作戦に失敗したと悟ったときには、後先考えずに、ひとりで馬を走らせて合戦場から遁走するようなことも見られたという。

 信長は何かにつけて派手で豪華絢爛なものを好み、人を驚かせることも好きだった。安土城は空前絶後の巨大な城砦で、本能寺の変がなければ、おそらくここがその後日本の都になっていたことだろう。また天皇、貴族が閲覧した馬揃えも、その豪華さにより語り継がれるものとなっている。

 派手好きで、行動が素早く、危険な状況を好み、幾分衝動的で短絡的な傾向があるとなれば、思いつくのはADHD(注意欠如多動性障害)の特性である。ただし、信長に明確な「不注意」の症状は見られないように思う。

 感情面での残酷さを強調されることが多い信長であるが、ここまで述べてきたように、むしろ彼の人間観察や心理洞察には、愛情深い細やかなものさえ見ととれる。人の感情をもてあそんだり、人が苦しむ様子を見て快感を感じたりというようなサイコパス的な心性とは異なっているように思われるのである。

「第六天魔王」ではなく、むしろ「普通」の人?

 また信長は、自分の子女に冷たかったともしばしば指摘される。しかし実際確認してみると、実の娘については全員、配下や譜代の武将、あるいは貴族の子弟との縁組がなされており、長女の徳姫以外は幸福な人生を送っていたことがわかる。ここにおいても、信長が身内に冷たかったということは決していえないだろう。

 長女の徳姫については家康の長男・信康に嫁入りをしたが、信康は謀反の疑いをかけられて切腹し亡くなってしまう。徳姫と信康の婚姻は戦国時代に特有の政略結婚のようにも見えるが、徳川家は織田家の盟友であり、家康は常に律儀に信長に従っていた存在であった。

 つまり信長は、徳姫をもっとも信頼していた大名に輿入れさせたわけであり、一般的な政略結婚とは必ずしもいえないものであろう。

「第六天魔王」と呼ばれ、ルイス・フロイスからは「すべての王公を軽蔑している」と評された信長であったが、女性への心遣いや身内への配慮の仕方を見ると、ナチュラルな情愛の念を持った「普通」の人であるように、私には思えてくるのである。

(文=岩波 明)

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●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に『殺人に至る「病」~精神科医の臨床報告~』 (ベスト新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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