中国が迫られる究極の選択

 このように世界各地で大雨による洪水被害が同時に発生しているのは前代未聞のこと。なかでも中国の状況は世界の株価にも影響を及ぼし始めており、習近平政権にとっては深刻である。アメリカとの貿易戦争やコロナウイルスの発生源をめぐっての非難の応酬合戦が続く中国であるが、世界最大の水力発電ダムである三峡ダムが決壊の危機に瀕していることは看過できないだろう。

 何しろ6月半ばの梅雨入り以降、中国の南部と西南部では、今日まで大雨と集中豪雨が続き、多くの河川が氾濫。その結果、31ある省の内、26もの省で洪水が発生。被災者は3800万人を突破。224万人近くが緊急避難を余儀なくされている。経済的な損失は5000億円近いといわれる。中国最大の淡水湖である八陽湖(江西省)では水位が23メートルに上昇し、警戒水位の20メートルを軽く突破してしまった。中国政府は人民解放軍の部隊10万人を投入し、人命救助や堤防増強工事に当たらせているが、焼け石に水といった状況のようだ。

 そうしたなか、「揚子江中流に位置する三峡ダムが大量の雨水の圧力で決壊するのでは」との危惧が出てきたのである。建設中から「汚職の巣窟」とまで揶揄されたダムであり、使用されたコンクリートや鉄骨なども不良品が多く、完成直後であるにもかかわらず随所に亀裂が確認されたほどだった。ワイロが横行し、環境保全や下流域の安全対策はないがしろにされたのではないかとの批判が当時から渦巻いていた。

 万が一、ダムが決壊すれば、約30億立方メートルの濁流が下流域を飲み込むことになる。4億人から6億人もの被災者が出るとの予測もあるほどだ。安徽省、江西省、浙江省などの穀倉地帯は水没の危機に瀕する。河口には上海が位置するが、その都市機能は壊滅的な被害を受けることになるだろう。上海に限らず、流域に位置する重慶や武漢などの経済、工業地帯には日本企業も多数進出しており、コロナ禍以上にサプライチェーンが寸断されることにもなりかねない。

 と同時に、中国国内で問題視されるようになったのが、「ダムによる地震の誘発現象」である。これまでもダム建設による環境破壊が懸念されてきた。しかし、2008年に発生した四川大地震によって10万人近い犠牲者が出たことをきっかけに、中国の科学者たちが調査を進めた結果、「大地震の原因は四川省内の活断層の近くに新設されたダム」との結論に至ったからである。大型ダムの貯水による重みが地殻に深刻な圧力をかけたことが原因と見なされ、専門家の間では「ダム誘発地震」と呼ばれるようになった。

 さらに深刻な懸念は、揚子江流域に存在する原子力発電所への影響であろう。放射能汚染の恐れは福島原発事故の比ではない。こうしたリスクを抱えた三峡ダムを決壊させないで済むにはどうすればいいのか。現在、ダムの上流でも下流でも洪水が発生しているため、ダムを放水すれば下流域の洪水は拡大してしまう。かといって、放水しなければダムの決壊は秒読み段階に入る。中国は究極ともいえる苦渋の選択を迫られているといっても過言ではない。

(文=浜田和幸/国際政治経済学者)

●浜田和幸

国際政治経済学者。前参議院議員、元総務大臣・外務大臣政務官。2020東京オリンピック招致委員。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士

 

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