NEW
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシック音楽、作曲家を死に導く「第9の呪い」…命と引き換えに人生最高傑作を生む?

文=篠崎靖男/指揮者

 モーツァルトやハイドンの時代の交響曲は演奏時間も短く、構造的にも複雑ではなく、王侯貴族は自分だけのために新しい交響曲を依頼してくるので、たくさんの交響曲が生まれることになりました。しかし、ベートーヴェン以降の作曲家は、一つひとつの交響曲に膨大な時間をかけながら番号を刻んでいったので、第7番や第9番を作曲している頃は、もう年齢も高くなっており、体も衰えてくることは確かです。それでも特に「第9の呪い」が有名になったのは、第9番を最後に生涯を終えた作曲家の最高傑作が、間違いなく第9番という点が大きいでしょう。

 これには音楽好きな方からは、「僕がマーラーは第6番が最高だと思う」といった異論が噴出すると思いますが、あくまでも一般論です。ベートーヴェンの“第九”や、ドヴォルザークの“第九”などは、メロディーを聴いたことがない人を探すほうが大変だと思います。

 そんななか、「第9の呪い」を避けて第15番まで交響曲を書くことができたのは、20世紀ロシア最大の交響曲作曲家、ショスタコーヴィッチです。ショスタコーヴィッチの第7番、第8番は、演奏時間が1時間を超える超大作だったので、それに続く第9番はロシアで初めての第9であり、後世にも残る最高傑作であろうと、当時の独裁者スターリンをはじめとしたソビエト連邦政府からも大変期待されていました。なぜか、これまでのロシアでは第9番を書いた著名作曲家はいなかったのです。

 しかも、時期的に第二次世界大戦の勝利を祝う交響曲であるとして、勝手にソ連の威信をかけられた交響曲第9番の初演は、舞台に出てきた楽員は数少なく、30分もかからずに終わってしまいます。曲自体も軽快で派手な部分が少なく、当局の期待を裏切ってしまいました。スターリンにとっては、音楽の価値などはどうでもよく、ただソ連のプロバガンダとしか考えていなかったので、カンカンに怒ってしまい糾弾される騒ぎになります。

 とはいえ、これはショスタコーヴィッチにも非があったのです。彼自身が「祖国の勝利と国民の偉大さをたたえる合唱交響曲を制作中である」と、期待をあおるような発言をしていたからです。

 実際に、この交響曲は素晴らしい価値を持っていますが、“ショスタコーヴィッチ最大の交響曲”とはいわれていません。そんな第9番をサッサと書いて厄落としができたのかどうかはわかりませんが、その後の彼は第15番まで交響曲を作曲して、70歳の誕生日を1カ月後に控えて、充実した生涯を終えることになりました。

「第9の呪い」も「第7番の疑い」も、単なる偶然に違いないでしょう。ベートーヴェン以来最大の交響曲作曲家ブラームスは、4曲しか交響曲を書いていません。ブラームスは交響曲の巨匠ベートーヴェンを尊敬するあまり、交響曲第1番の作曲には21年もの月日を費やし、完成させたのは43歳だったのです。9つの交響曲を書くほどの寿命は残っていませんでした。

 ちなみに、ブラームスはあれだけ有名な作曲家にもかかわらず、作曲したオーケストラのための小品も5つしかありません。4つの交響曲と合わせると、またもや「9」という数字が出てきます。
(文=篠崎靖男/指揮者)

クラシック音楽、作曲家を死に導く「第9の呪い」…命と引き換えに人生最高傑作を生む?の画像2

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/