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小笠原泰「日本は大丈夫か?」

「やってる感」至上主義の安倍政権を支える地方の有権者たち…反エリート主義と真逆の日本

文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授
「やってる感」至上主義の安倍政権を支える地方の有権者たち…反エリート主義と真逆の日本の画像1
首相官邸のインスタグラムより

 米民主党はウェブ開催となった全国大会で、8月18日にジョー・バイデン前副大統領を民主党の大統領候補に正式指名し、翌19日にカマラ・ハリス上院議員を副大統領候補に正式指名した。アメリカ史上、女性の副大統領候補は3人目であるが、黒人女性を副大統領候補に起用するのは初めてである。ハリス氏は、ジャマイカ系の父親とインド系の母親を持ち、出生地はアメリカ。

 先立つ11日に民主党の大統領候補に内定したバイデン氏が「副大統領候補にハリス氏を選んだ」と発表して以来、メディアで大きな話題となっているが、今回の大統領選挙で民主党の副大統領候補が女性になることは既定路線であった。今回の大統領選挙は、アメリカが今後も社会を分断して国際協調を放棄し、企業に指図する偏狭な国家強権主義的でアブノーマルな道を進むのか、トランプ以前の中道的でノーマルな道に戻るのかを選択する選挙であろう。これは、バイデン候補が「Build back better」を選挙スローガンに掲げていることからも十分にうかがえる。

 この観点からみて、サンダース氏とも近い急進左派であるエリザベス・ウォーレン上院議員を副大統領候補にする選択肢はなかった。また、大統領候補戦から撤退したエイミー・クロブシャー上院議員が6月21日に、副大統領候補の辞退を表明し、白人でない女性を選ぶべきだとの考えを示したことで、黒人女性という流れが敷かれたといえる。

 その流れのなかで、副大統領候補戦はハリス上院議員と、オバマ政権下で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏のマッチレースの様相であった。その結果、両氏とも穏健派(中道左派寄り)であるが、バイデン氏はハリス氏を副大統領候補に指名したわけである。

 同じ黒人のライス氏でなくハリス氏を選んだ理由として、まずは両氏の軸足の違いがあげられる。大統領選においては内政、今回は特に新型コロナウイルスへの対応と経済という内政への関心が高く、それを重要視して、外交と国家安全保障を専門とするライス氏よりも、カリフォルニア州検事総長を務め、現在は上院議員で司法改革など社会改革に積極的なハリス氏を選んだという見方である。

 2つ目は、有権者への訴求である。ライス氏の両親はアメリカ生まれの黒人であるが、ハリス氏の両親はジャマイカ人とインド人であり、移民1世である。黒人やラティーノ、AAPI(アジア系・太平洋諸島系)というマイノリティ、非白人の有権者を引き付けることは、民主党の選挙戦にとっては非常に重要である。その意味で、ハリス氏は黒人であり、かつアジア系(インド系)であり、その両方に訴求できる可能性がある。ハリス氏の黒人・アジア系というルーツは、異なる人種を束ねられるという観点でラティーノにも訴求するであろう。

 当然、保守的黒人層からの反発はあるのだが、概ね好意的に受け止められているようだ。そもそも黒人層は民主党支持者が多く、加えてバイデン氏を支持する層が多いことで知られているので、ハリス氏がインド系でもあることは黒人層に強いバイデン氏の強みを補完すると思われる。実際、共和党と拮抗するフロリダ、ミシガン、ノースカロライナ、ジョージア、テキサスといった州では、アジア系米国人のなかでインド系が最大グループを構成しているといわれているので、それを意識した可能性がある。つまりマイノリティの有権者を念頭において、純粋な黒人であるライス氏より、人種的にバランスのとれたハリス氏を選んだということではないか。

トランプ氏の狭量な政権運営との対比

 3つ目は、候補者としての新鮮味であろう。ライス氏は、民主党政権とのつながりが強い。クリントン政権2期目で、国家安全保障会議スタッフ、アフリカ担当国務次官補を務め、オバマ政権では国連大使を務め、退任後は同政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を政権交代まで務めている。国務長官として政権の中枢に長くいたヒラリー・クリントン氏と同様に新鮮味に欠ける候補である。

 また、この経歴をトランプ氏が攻撃材料にする可能性も高い。それに比べれば、ハリス氏の副大統領候補指名は新鮮味を出せると考えたのかもしれない。また、ハリス氏はカリフォルニア州検事総長を務め、悪を正す正義のイメージがあり、恣意性の塊のトランプ氏へ対抗するイメージも有している。

 4つ目は、トランプ氏と自分の政治家としての対比であろう。ハリス氏は、6月の民主党のテレビ討論会でバイデン氏は人種差別を肯定する上院議員たちと数十年前に取り組んだ仕事を自慢していると批判した。そのハリス氏をあえて選ぶことでバイデン氏が狙ったのは、批判者を徹底的に排除するトランプ氏とは異なり、自分は多様な意見を尊重し、合意形成を目指す懐の深い政治家であることを強調し、トランプ氏の狭量な政権運営との対比を鮮明にする狙いがあったと考えられる。 

 最後は、バイデン氏の年齢である。トランプ氏も高齢であるが、バイデン氏は大統領に就任すれば78歳で大統領になることになる。本人も一期のみと言っているが、大統領という激務とその年齢を考えると、在任期間中に副大統領が大統領に昇格する可能性がないとはいえない。その可能性を考えると、選挙経験がないライス氏が適任の副大統領かは疑問の余地がありそうだ。一方、ハリス氏は大統領候補戦に出馬し、一時はトップを走り、大統領になる意欲をもっている。バイデン氏同様の穏健派であり、バイデン氏の後継者として、大統領に昇格する準備のできた副大統領候補という意味でハリス氏を選んだといえるのではないか。

 以上は、正論としてのハリス氏選択の理由である。今後、トランプ氏はハリス氏に対して、支持層の喜びそうなことなら「言ったもん勝ち」の根拠のない「いちゃもん」をつけるであろうが、これはトランプ氏の政治ショーでしかないので、ハリス氏の副大統領候補としての資質についての議論にはならないだろう。

反エリート主義

 さて、筆者はここで、もう一つ裏の理由を考えてみたいと思う。反エリートという視点である。僅差でトランプ氏が大統領選でヒラリー・クリントン氏を破ったのは、トランプ氏の掲げたワシントンD.C.(キャピトル・ヒル)に象徴される政治的エリート攻撃に起因する部分もある。ヒラリー氏は、エリートの象徴である名門イェール大学のロースクール(法科大学院)を卒業し、夫のクリントン大統領のファースト・レディから上院議員(元ファースト・レディの上院議員は初めて)となり、オバマ政権では国務長官を務めており、ほぼキャピトル・ヒルの住人である。

 民主党にこの記憶がなかったわけではないであろう。予備選で敗れたサンダース氏を支持する若者も反政治エリートであることも意識していたかもしれない。実際、今回の民主党候補の2人は、エリートの象徴であるアイビーリーグ出身ではない。大学と大学院を含めると両候補がアイビーリーグ出身でないのは、1984年のモンデール氏とフェラーロ氏(女性)以来である。

 ここで、ハリス氏とライス氏の学歴を見てみよう。ライス氏は、スタンフォード大学を卒表し、ローズ奨学金でオックスフォード大学院に留学し、博士号を取得している。アイビーリーグではないが高学歴である。経営コンサルタント会社のマッキンゼーに勤めていた経験もあり、かなりのエリートである。一方のハリス氏は黒人の間では名門であるハワード大学で学んだ後、カリフォルニア大学ヘイスティングズ校ロースクールを卒業しており、学歴的には地味といえる。有権者にはライス氏よりもハリス氏のほうが好感を持たれるかもしれない。

 歴代の大統領候補の学歴をみてみよう。

・ヒラリー・クリントン氏(イェール大学ロースクール)

・バラク・オバマ氏(ハーバード大学ロースクール)

・ジョン・ケリー氏(イェール大学、ボストン大学ロースクール)

・アル・ゴア氏(ハーバード大学)

・ビル・クリントン氏(オックスフォード大学、イェール大学ロースクール)

・マイケル・デュカキス氏(ハーバード大学ロースクール)

 今回の大統領候補であるバイデン氏は、デラウェア大学で学んだ後、シラキュース大学ロースクールを卒業している。ここに、アメリカの政界において超名門校でなくともロースクール卒である意味合いが大きいことが見て取れる。今回の民主党候補の2人は、エリートの象徴であるアイビーリーグ出身ではないが、アメリカにおける反エスタブリッシュメント感情の影響が今回の候補者選びにもあったのかもしれないと筆者は勘繰るわけである。

 一方のトランプ陣営はどうであろうか。副大統領のペンス氏はハノーバー大学で学んだ後、インディアナ大学ロバート・H・マッキニー・ロースクールを卒業しており、アイビーリーグとは無縁である。当のトランプ氏はどうか。アイビーリーグのペンシルベニア大学ウォートン・スクール(学部)の卒業だが、落ちが付くのがトランプ劇場である。トランプ氏に関する一族による暴露本によれば、「トランプ氏が金銭を払って他人に大学進学適性試験SATを受けさせ、その結果を用いてペンシルベニア大学ウォートン・スクールに入学した」との情報が流れている。さもありなんと思わせるところが、エンターテイナー師のトランプ氏である。

政治家の縁故主義化

 翻って日本を見てみよう。現在の内閣は総理大臣を筆頭に史上最低学歴内閣である。そもそも日本にエリートはいるのかという突っ込みは置いておくとして、アメリカのエスタブリッシュメントの観点からいえば、自民党議員の多くが地方選挙区の二世三世議員であることからみて、彼らはある種のエスタブリッシュメントといえるかもしれない。しかし、内実は、戦後の自民党体制下で確立した利権につながる政治家の縁故主義化である。早い話、地方にお金を流す頼れるパイプであり、これを今どきの言葉で地方創生といいたければ、そういうのは構わないが、お金を中央から地方に流すパイプ機能である事実に変わりはない。ほとんど政治屋という家業に等しい。有権者はそれを支持しているので、反エスタブリッシュメントの国民感情は薄く、むしろ歓迎のように見えるのは筆者だけであろうか。

 古くはヴェネチアの歴史が示すように、己の利権を既得権益として固定化・貴族化した時点で、成長のモメンタムを失い、没落が始まる。自民党の政治家自身が既得権益者であるので、彼らがいくら変化や改革を叫んでも、社会が変化していくわけがない。実際、安倍首相は、「アベノミクスっていうのは『やってる感』なんだから、成功とか不成功とかは関係ない」と述べている(『政治が危ない』芹川洋一・御厨貴著、日本経済新聞出版社、2016年)。このような自民党の政治家とそれを支える地方の有権者が多数を占めるなかで、いくらイノベーションを叫んでも掛け声とやってる感でしかないのは致し方なかろう。有権者の責任でもあるが、日本が世界から取り残されることになっても自業自得であろう。

(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

小笠原泰/明治大学国際日本学部教授

小笠原泰/明治大学国際日本学部教授

1957年生まれ。東京大学卒、シカゴ大学国際政治経済学・経営学修士。McKinsey&Co.、Volkswagen本社、Cargill本社、同オランダ、イギリス法人勤務を経てNTTデータ研究所へ。同社パートナーを経て2009年より現職。主著に『CNC ネットワーク革命』『日本的改革の探求』『なんとなく日本人』、共著に『日本型イノベーションのすすめ』『2050 老人大国の現実』など。
明治大学 小笠原 泰 OGASAWARA Yasushi

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