斎藤佑樹、引退後の緻密な人生設計…スポーツキャスター→政治家へ華麗なる転身を画策かの画像1
斎藤佑樹(「Wikipedia」より)

 プロ野球、北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹が、今季限りで引退すると「週刊文春」(文藝春秋)が報じた。

 斎藤は早稲田実業高校時代の2006年、夏の甲子園決勝で駒大苫小牧のエース田中将大(現ニューヨーク・ヤンキース)と歴史に残る投手戦を演じた末に初優勝。斎藤の愛称「ハンカチ王子」は流行語になるほどのブームをつくった。その後、進学した早稲田大学でもエースとして活躍。11年にドラフト1位で日ハムに入団。

 1年目に6勝を挙げたが、それがキャリアハイ。その後は低迷し、9年間で通算88試合、15勝26敗、防御率4.34。今季も1軍登板はない。「文春」の記事によると、ここまで解雇されなかった裏には、斎藤を擁護し続けた栗山英樹監督の存在だけではなく、「10年は契約を続ける」という密約があったからだという。

 報道を受けて、インターネット上には斎藤と田中を比較する声が続出。どこまでも謙虚な姿勢を崩さず、常に高みを目指し続けて米メジャーリーグで活躍する田中と、ビッグマウスでポジティブ発言を繰り返してきた斎藤の対照的な現在の姿に、「斎藤をのぼせ上がらせた日ハムが悪い」と球団を批判の矛先を向ける人も多い。

 斎藤といえば16年、ベースボール・マガジン社の社長からポルシェの「マカン」を提供されていたことが大きな話題になった。プロで十分な成績を残せないなかで、おねだりはうまくこなしていたと批判の声が高まった。

 斎藤はデビュー前、あるテレビの取材中に「あ、カレラ・ポルシェ!」「カイエン乗りてえ」「青山に土地買うってヤバいっすか」などと発言する姿が報じられ、ネット上では「カイエン青山」との別称が広まった。

 ほかにも、入団セレモニーで8000人のファンを前に「北海道民のファンの皆様、こんにちは。東京都の早稲田大学から来た投手です」とあいさつし、「斎藤です、じゃないのか」「間違いではないが違和感のあるあいさつ」など、出だしから反感を買った経緯がある。

 そんな斎藤が、引退後の未来について語ったことがある。

「早大3年時に、早大の係属校である早稲田摂陵中学・高校で約600人の中高生を前にして、応武篤良監督(当時)と共に講演会を行ったんですが、そこで『将来は政治家になりたいと思っています』と語ったんです。そのために大学で金融、経済を勉強していると明かし、野球を辞めてからのほうが人生は長いので、“野球後”の人生設計を立てていると熱弁をふるっていました」(スポーツ紙記者)

 今回、引退報道にあたり、斎藤はスポーツキャスターに関心があるようだと報じられているが、知名度を生かしてキャスターとして成功し、その後は政治家へとステップアップしていけるのだろうか。プロ野球では思ったような活躍はできなかった斎藤だが、緻密に練った人生設計を実現していくかどうか、注目したい。

(文=編集部)

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