『麒麟がくる』で裏切り者イメージが変わる明智光秀、知られざる妻・熙子との夫婦愛の画像1
NHK 大河ドラマ『麒麟がくる』」より

 NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』が、8月30日(日)から放送再開する。斎藤道三(本木雅弘)が言っていた「麒麟」を探すため、明智光秀(長谷川博己)は京都に向かい、歴史の表舞台への道を歩き出すというストーリーだ。

 これまで、明智光秀は「謀反を起こした逆臣」として描かれることが多かったが、近年の研究から人望が厚く心優しい武将だったことがわかってきたために、再評価されている。それは大河ドラマにも反映されており、長谷川博己が演じる光秀は、思慮深くて正義感にあふれる好青年として描かれている。

 今作の大河ドラマを観て、今までのようなマイナスイメージが強かった光秀像が、少しずつ変わってきたという人もいるだろう。

 しかし、放送中断前までは、織田信長(染谷将太)をはじめとするまわりのキャラクターたちの個性に負けて、光秀が陰に隠れてしまっている印象も否めなかった。そのため、光秀の「裏切り者」というイメージが良い方向へ変わってきていると言いつつも、具体的に説明するのは難しいだろう。

 そこで今回は、再評価されている光秀像がより具体的につかめるよう、人柄の良さや名君ぶりがうかがえるエピソードをいくつか紹介したい。

比叡山の焼き討ち後に見せた家臣への愛情

 信長が行った残虐行為のひとつに「比叡山延暦寺の焼き討ち」がある。知っている人も多いだろうが、この焼き討ちを行った中心人物は光秀だ。金と欲にまみれ、ついには軍事拠点となった延暦寺。世俗とは切り離された世界で生きているはずの僧たちが政治に口出ししたことで信長の堪忍袋の緒が切れて、比叡山焼き討ちの命令が下された。

 焼き討ち後、信長は延暦寺領を家臣たちに配分し、光秀は坂本の広い領地を与えられている。そこで居城となる坂本城を建て、坂本の町を城下町として整備し、坂本の古刹・西教寺の復興にも力を入れた。

 そして、焼き討ちで亡くなった家臣18名のために西教寺へ供養米を寄進したのだが、この18名の中には「中間(ちゅうげん)」と呼ばれる最下級の武士も含まれていた。普通の武将なら下層武士を手厚く扱うことはないのだが、光秀は亡くなった18名を同等に扱ったのだ。

丹波攻略と同時に他の戦にも奔走

 光秀が信長の家臣時代に行った最大の功績と言っても過言ではないのが、「丹波平定」だろう。信長は、安芸の毛利家を倒すために「中国平定」を豊臣秀吉に、「丹波平定」を光秀に任せた。

 このビッグプロジェクトは仲間の裏切りなどもあってスムーズに進まず、結果的に5年の歳月をかけて丹波を攻略した。その間に光秀は過労から病にかかって伏せってしまったり、妻の熙子を亡くしたりと、プライベートでも大変な時期だった。

 ちなみに、この間の信長は破竹の勢いで勢力を伸ばしている時期でもあったため、光秀のプライベートはお構いなし状態。目まぐるしいスピードで覇権争いの戦に光秀を向かわせた。

 具体的に言うと、光秀は「丹波攻め」の最中に「石山本願寺攻め」に駆り出され、「天王寺の戦い」で九死に一生を経験。強固な本願寺勢を切り崩すために和歌山へ「紀州雑賀攻め」に参戦した後は、謀反を起こした松永久秀を討ちに奈良の「信貴山城の戦い」を命じられている。

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