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江川紹子の「事件ウオッチ」第159回

次期首相には、検証と分析から逃げない人を…安倍政権退陣にあたって江川紹子の考察

文=江川紹子/ジャーナリスト

 安倍首相の答弁は丁寧なものだったが、内容には落胆した。

 彼は、事態を構造的な問題とは認識していないようだった。10万円給付、雇用調整助成金、IT化などの問題をひとつひとつ切り分け、それぞれについて説明。そのうえで、「現場も一生懸命」やっていると訴え、検証は「(コロナ禍が)終息した後」に行う、と述べた。

 これで第2波、第3波に、適切に対応できるのだろうか、との疑問が湧いた。「一生懸命」なのにうまくいかないのは、そのやり方がまずいか、基本的なところで何か問題が生じているからだろう。それを明らかにせず、目先の現象に対応するだけでは、いくら一生懸命やり続けても、効果は十分上がらないのではないか。

 そういえば、安倍首相は「女性活躍」「地方創生」「一億総活躍」などの看板を次から次へ掲げても、その進捗状況等について検証しようとせず、また新たな看板に掛け替える、ということを繰り返してきた。いずれも、やらないよりやってよかった、とは思うが、目標には今なお遠いのはなぜなのだろうか。これまた「目詰まり」の所在がよくわからない。税金を使った施策である以上、費用対効果も気になるところだ。

 コロナ対策も、同じように検証なしで対応を進める、というやり方でいいのか。

「目詰まり」にしろ、構造的問題にしろ、長年かけて積み上がってきた問題だろう。それは安倍政権だけの責任ではないにしても、安倍氏は第1次政権と合わせ、8年余り国政を担ってきた。第三者の目を入れて徹底した検証を行うということは、自分が腑分けされるようなもので、それを嫌ったのかもしれない。

 その結果、これまでの政治手法に行き詰まりを感じつつ、問題の所在も十分明確にならず、事態を打開する方策も見い出せず、体調悪化もあって問題に取り組むエネルギーも枯渇し、離れていく世論を取り戻す自信もなく……ということではないのだろうか。

見え隠れする打算、奏功したイメージ戦略

 安倍政権では、特定秘密保護法や安保法制などの施策が国論を二分し、強硬な政治スタイルが国民の分断を招き、死者まで出した財務省の公文書改ざん問題など政権が吹き飛ぶような問題がいくつも起きた。それでも、一時的に支持率が下がることはあっても持ち直し、国政選挙では勝ち続けてきた。

 それは、国民の生活に直結する経済に強いイメージを、人々が信頼したためだろう。確かに、株価は上がった。大学生の就職内定率も高い水準で推移した。安倍首相自らが経営者団体に毎年の賃上げを要請するなど、経済対策に力を入れる姿勢を示し続けた。

 ただ現実には、実質賃金はむしろ減少し、2度の消費税増税もあって、生活が楽になったという実感ができない人は多い。それでも、次々に繰り出すスローガンや物言いの「力強さ」で人々に期待を抱かせ続けた。安倍一強といわれる安定した政権運営と、「ほかに選択肢はなさそう」という消去法もあいまって、国民の多数の支持をとりつけてきた。

 こうしたイメージ戦略は、安倍首相について、その実績以上にモノゴトを成し遂げた「力強いリーダー」「偉大な指導者」としての印象を、人々の心に植え付けたと思う。

 そこへ、このコロナ禍である。安保や公文書や閣僚の不祥事とは違って、国民にとっては自分の健康の問題であり、自身の生活の問題である。もはやイメージに頼り期待し続ける余裕はない。「なにがなんでも安倍政権」という岩盤支持層はともかく、多くの国民は自分の健康と生活に対し、政府が現実にどのように対応してくれるか、というシビアな目で見るようになった。

 このままでは、国民の不満はさらに高まり、政権への批判が集中することは安倍首相もわかっていたはずだ。それによって、自分の評価がボロボロになるより、政権のプラスイメージが色あせない今のうちに、「惜しまれつつ辞める」という選択をしたのだろう。

 うまくいけば、今後も影響力を残せるだろうし、場合によっては再登板を期待する声も出てくるかもしれない。そんな目論見もあったのではないか。実際、8月29日付け産経新聞の1面コラムは、早くも、「健康さえ回復すれば、郷里の大先輩、桂太郎の如く3度目もある」と書いている。

 辞任表明の記者会見では、安倍首相はプロンプターを使わなかった。いつもは初めに長々としたスピーチを行うが、それも短め。官僚が書いた文章を読むより、質問をできるだけ多く受け付け、ひとりひとりの記者の目を見て、極力自分の言葉で答えていた。かつての、自信たっぷりの傲慢さは影を潜め、謙虚に国民への感謝を述べた。

 こうした対応にも、「国民に惜しまれつつ辞めたい」との思いがにじんでいた。

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17:30更新
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