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武田薬品、シャイアー「6兆円」買収後の運営がうまくいっていない…世界進出戦略に狂い

文=真壁昭夫/法政大学大学院教授
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武田薬品工業「アリナミンV」(サイト「Amazon」より)

 国内製薬大手、武田薬品工業(以下、武田薬品)が大きな賭けに打って出た。同社は、ビタミン剤の「アリナミン」などの大衆薬事業部門を売却し、世界的な医療用医薬品事業の企業に変身しようとしている。

 これまで、武田薬品にとって大衆薬事業は成長を支える基礎といってもよいだろう。武田薬品といえば、アリナミンを思い浮かべる人は多いはずだ。また、大衆薬事業は同社の企業文化の醸成にも大きな影響を与えた。その基礎を土台に、武田薬品は創業家を中心とした経営から、外国人経営者の下でグローバルな製薬企業を目指す戦略に舵を切った。大衆薬事業の売却によって、武田薬品は負債の圧縮などを進め、世界の最先端の医薬品市場で戦う体制を構築したいと考えているのだろう。

 現時点で、大衆薬事業の売却が同社の事業運営にどう影響するかは不透明だ。もし、同社が海外大手製薬企業と比肩する競争力を発揮した場合、日本企業全体にはかなりのインパクトがあるだろう。武田薬品がどのように改革を進め、持続的な成長を実現できるか否かは注目に値する。

グローバルな医療用医薬品企業を目指す武田薬品

 製薬企業のビジネスモデルは大きく2つに分けられる。まず、国内を中心に消費者向けのいわゆる大衆薬を中心に事業展開を進める戦略だ。もう一つは、医療の分野での治療薬を中心に新薬を開発し、世界市場でのより大きな需要を取り込もうとするビジネスモデルだ。もともと、武田薬品はアリナミンや総合感冒薬の「ベンザ」シリーズなど、国内の大衆薬事業を中心に成長してきた。

 2000年代に入るとその事業戦略は変化した。武田薬品はグローバルな医療用医薬品企業を目指し構造改革を進めた。スイス製薬大手のナイコメッド買収などはその考えの表れだ。最も重要なのは、2014年に同社がグラクソ・スミスクラインのワクチン事業の責任者を務めたクリストフ・ウェバー氏を経営者に招いたことだ。

 新卒で入社し、創業家を中心にゼネラリスト型の人材が経営者についてきた同社にとって、外国人のプロ経営者の就任は企業の在り方を根底から変えるものだった。言い換えれば、ゼネラリスト型の経営者の指揮の下で国際競争に対応することの難しさに同社が気付いたといってよい。同社は財務、営業、研究開発など各部門トップを中心に専門性の高い外国人従業員を増やし、世界で勝負する製薬メーカーとしての体制を整備した。

 そうした体制整備が、2018年のアイルランドの製薬大手シャイアー買収につながった。6.2兆円を投じてシャイアーを買収した背景には、武田薬品が蓄積してきたがん領域での新薬開発に、希少疾患、血液製剤分野で強みを持つシャイアーを加え、幅広い領域で競争力を発揮し、キャッシュフローの創出力を高める狙いがあった。シャイアーが薬価の上昇してきた米国で6割の収益を獲得したことも武田薬品にとってはグローバルな医療用医薬品企業としての競争力をつけるために重要だった。

 ただし、シャイアー買収の負担は大きい。買収発表以降、武田薬品の株価は30%超下落している。株価の下落は、主要投資家がシャイアー買収後の事業運営が想定されたほどではないと考えていることを示唆する。現時点でシャイアー買収がうまくいっているとは言えない。成果の発現には時間がかかりそうだ。

経営陣が示した思い切ったかじ取り

 同社が大衆薬事業を売却する理由の一つは、債務の圧縮だ。それに加えて、大衆薬事業の売却には、企業文化の刷新という狙いもある。武田薬品は、自社の出自であり、成長を支えてきた大衆薬事業の売却を、グローバル企業としての事業体制の強化につなげたい。例えば、シャイアーの事業運営には、日本ではなく、米英の発想に基づいた経営管理が必要だ。大衆薬事業の売却によって、同社に組織全体に世界を相手に戦うマインドセットを求めている。

 先行きは不確実だが、足許の世界経済の環境を踏まえると、新薬開発力を強化して成長を目指すという武田薬品の経営戦略は、理論的には相応の説得力がある。武田薬品が成長を遂げてきた国内の大衆薬事業は高い成長が見込めない。日本では、少子化、高齢化に加え人口が減少している。その環境下、ビタミン剤などの需要拡大は見込めない。財政支出の増大から、日本では薬価が引き下げられている。

 その一方で、国内外でがんや神経疾患などをはじめ新薬への需要は高まっている。また、米国を中心に海外では新価が上昇してきた。それに加えて、新型コロナウイルスの発生によって新しい感染症などに効果のあるワクチンや治療薬開発の重要性もかつてないほど高まっている。それは、製薬企業にとって成長のチャンスだ。世界の医療用医薬品大手、スイスのロシュ、ノバルティスなどは成長期待の高い新薬分野に特化し、競争力を高めるために大型の買収を行っている。

 新薬の開発には時間とコストがかかる。開発したとしても、米食品医薬品局(FDA)など各国当局の承認が得られるかは不確実だ。そうしたリスクに対応するために、武田薬品にとって有望な治療薬と新薬の候補(パイプライン)を持つ企業、あるいはその一部事業を取得する重要性は増す。

 そのためには、企業買収の実務経験を持ち、組織間の融合を進めた経験のある人材や、各国当局との豊富な交渉経験を持つ人材の確保が欠かせない。国が変われば法規制も、言語も違う。大衆薬事業の売却によって、武田薬品は創業来の企業文化を改め、ウェバー社長が進めてきたグローバルな事業運営体制を強化しようとしているように見える。

武田薬品の改革が日本企業に与えるインパクト

 これまで以上に武田薬品では外国人人材の登用が進み、グローバル企業としての性格が鮮明になる可能性がある。組織に深くしみ込んだ人々の行動様式を根本から変えることは、口で言うほど容易ではなく、組織内には相応の動揺や不安が広がる可能性は軽視できない。

 それでも、武田薬品は日本を代表する企業としてよりも、世界の市場で競争し、生き残ることを選んだ。大衆事業薬の売却は、同社が日本の企業としてではなく、グローバル企業としての生き残りを目指す不退転の決意を明確にしたことといってよい。

 今後、同社では各国市場を熟知した人材登用の重要性がこれまでにまして高まるだろう。武田薬品の新薬開発体制には不安な部分がある。研究開発体制の強化やM&Aなどのために、各国の医療規制や市場動向を熟知した優秀な人材確保は喫緊の課題だ。優秀な人材は引く手あまたであり、それなりの報酬を支払わなければならない。そのためには、成果主義の徹底なども避けられない。そうした改革は相応のスピード感を持って進められるだろう。

 それは、日本企業に無視できない影響を与えるだろう。同社以上に日本企業全体への影響は大きいといっても過言ではない。日本人ではなく、外国人のプロ経営者を招聘し、国籍に関係なく各分野で専門性の高い人材を登用する事業運営が持続的な成長につながるのであれば、経営文化を変えるほどの意気込みをもって改革を進めなければならないと考えるわが国企業は増えるだろう。反対に、武田薬品が成果を実現できず、さらなる資産の売却などを余儀なくされる場合、改革を目指す考えは退潮する可能性がある。

 コロナ禍の世界経済の現状を見ると、医療・薬品分野の成長性は高いとみられる。その中で、武田薬品が外国人のプロ経営者の指揮によってチャンスを取り込めるか否かは同社の成長だけでなく、日本企業の経営や事業運営にかなりの影響を与えるだろう。経営の専門家の中には、同社が自社の企業文化を刷新してグローバル企業としての競争力発揮を目指すのは容易なことではないとの指摘もあるだけに、これからが注目に値する。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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