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藤和彦「日本と世界の先を読む」

安倍首相、地政学上の大変化もたらす…アジアが米中冷戦の最前線に、中国包囲網が形成

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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「Getty Images」より

 中国との国境紛争は収まる気配がなく、再び緊張が高まっている状況について、インドのジャイシャンカル外相は8月31日、「1962年以来で最も深刻な状況である」と述べ、危機感を露わにした。

 インドメディアによれば、200人強の中国軍が8月29日から30日にかけて、紛争地域のインド北部ラダック地方に侵入を試みたが、インド軍が兵士を配備したことにより、軍事衝突はなかったという。ラダック地方では数カ月にわたり両国の軍事的対立が続いており、両軍はそれぞれ約4万人の兵士を配置したままの状態だとされている。

 インド側は9月1日、「中国軍が同地域で挑発行為を行った」と非難したが、中国側は「インドに責任がある」とその主張を否定した。9月1日付環球時報は「インドが軍事対決を望むのであれば、人民解放軍が1962年の時よりはるかに深刻な損害を与えることは確実だ」と報じたが、この時の紛争でインド側には1000人強の犠牲者が出た。

 筆者は5月26日付及び7月16日付本コラムでインドと中国間の対立について説明してきたが、残念ながらさらに深刻になりそうな気配である。紛争の原因となっているラダックはインドが実効支配する地域で、1962年の中印国境紛争後の外交交渉によって設定された非公式の停戦ラインに接している。この境界線はラダックと中国が支配するチベット自治区を分けているが、中国は4月からチベット自治区でミサイル基地の建設を始めたとの情報がある。配備されるのは東風21(DF-21)と呼ばれる射程2200kmの中距離弾道ミサイルであり、首都ニューデリーをはじめインド北部のすべての都市を攻撃することが可能である。

 インド側が7月末に新たに導入したフランス製の戦闘機5機をラダックに近い空軍基地に送り込むと、中国側はインドとの国境に近い空軍基地にステルス戦闘機2機を配備するなど軍事的エスカレーションが続いている(8月19日付ニューズウィーク)。

中国の海上貿易を阻止

 中国に対する戦略を根本的に見直す必要性に迫られているインド政府は、インド洋のアンダマン・ニコバル諸島の開発に力を入れ始めている。同諸島はマレーシアとインドネシアの間にあるマラッカ海峡の西側の入り口付近に浮かぶ572の島々(うち住民が居住する島は38)だが、インド政府は8月25日、同諸島にある2つの滑走路を戦闘機が離着陸可能にするための工事を開始した。通信インフラのプロジェクトも併せて開始しているが、インド政府の狙いは「マラッカ海峡を自国のコントロール下に置き、中国の動きを牽制できる拠点を築く」ことである。

 マラッカ海峡は、東西をつなぐ海上貿易の要衝であり、日本や中国、台湾、韓国にとって重要な海域である。日本の貿易のマラッカ海峡への依存度の高さは周知の事実であるが、中国も同様である。中国の貿易全体の60%、原油輸送の80%がマラッカ海峡を通過している。

 インド軍関係者が「2つの島の領土はインドにとって新しい空母のようなものである。本土から遠く離れたこの地域で海軍の範囲を拡大できる」と述べるように、インド側は「将来攻撃を仕掛けられた際に中国の海上貿易を阻止することで対抗する」という戦略の実現に向けて具体的なアクションを取り始めているのである。

 アンダマン・ニコバル諸島の開発は、インドとパートナーを組む関係諸国に軍事基地として提供するという思惑もある。日本政府が2016年8月、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提唱した。この戦略に参加する主要国は日本、米国、豪州、インドである。これに対し、中国は「『一帯一路』構想など対外的な拡大政策を進める同国に対する封じ込め政策にほかならない」と反発したことから、インドは当初「対中関係との間合いを見つつ対応する」という付かず離れずのスタンスだった。インドは従来から国際的な秩序づくりに反対であり、「非同盟」を標榜していたが、「中国の脅威」という現実の前に方針の転換を余儀なくされている。

中国の戦略の失敗

 インドの動きはこれだけにとどまらない。インドメディアが8月上旬に報じたところによれば、「ヴァルマ・インド駐ロシア大使がロシアのモルグロフ外務次官に対して、中国に対抗するためのインド太平洋戦略に加わるよう要請した」という。

 インドとロシアとの関係は良好であり、特に軍事面でつながりが深い。インド国防相は7月上旬、「ロシア製ミグ29戦闘機21機とスホイ30戦闘機12機を購入する」と発表したが、インドが保有する武器の約7割はロシア製である。ロシア側も中国よりもインドに対して優先的に武器を売却しているといわれている。ロシアも極東地域の沿海州などの領有権をめぐり中国と対立しており、インドとは「呉越同舟」の関係にある。

 前述のインド太平洋戦略の理念が「自由で開かれた」とされていることから、米国は権威主義体制のロシアに対して同戦略への参加を直接要請しずらい状況にあるが、インドの要請でロシアが参加すれば「御の字」である。

 ビーガン米国務副長官が8月31日、米印戦略的パートナーフォーラムの場で「インド太平洋集団安全保障機構(インド太平洋版NATO)」の樹立に言及するなど、米国政府の「中国封じ込め」戦略は加速している。

 中国の戦略の失敗により、インドが主導する形で急速に「対中包囲網」が形成されようとしているが、このことはアジアが米中冷戦の最前線になることを意味する。安倍首相が蒔いた種が、思わぬかたちで地政学上の大変化をもたらそうとしているのである。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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