グループ間取り引きの場合、三菱銀行は現金の流出を抑制することが可能となる

 たとえば、某海運会社が4億円で船舶を建造するとしよう(以下は筆者の想像です)。

「1億円はどうにか都合をつけたので、残りの3億円を融資してもらえませんか?」と三菱銀行にかけあう。三菱銀行が詳細な事業計画を聴取すると、某社はその船を三井造船に発注するのだという。

 すると、三菱銀行はこう持ちかけるだろう。

「船舶の発注を三菱重工業に変えてくれるなら、3億円まるまる融資しましょう。いや4億円出してもいい。でも三井造船なら、2億円が精一杯かな?」

 3億円を融資しても、そのカネが三菱重工業に支払われるなら、三菱銀行は某社の銀行口座から三菱重工業の銀行口座に数字を転記するだけでいい。実際の現金3億円は、別途使うことが可能なままだ。しかし、発注先が三井造船ならそうはいかない。三井造船のメインバンクは三井銀行なので、三井銀行の口座に現金で支払わなければならない。

 つまりこの場合、三菱銀行は融資先企業に三菱グループ企業との取引を促すことで、現金の流出を抑えることが可能となるのだ。

 いきおい、三菱銀行を媒介として三菱グループが再結集することなる。

 銀行が「効率的な融資」を突き詰めていくと、融資先企業のあらゆる取引先、つまりはありとあらゆる産業に融資することになる。だから、分野ごとにすみ分けをするのではいけないのである。「素材も加工も販売も三菱で完結する」ことが、銀行にとって都合いいのだ。

なぜ三菱グループの人は三菱グループのモノを買うのか?三菱銀行主導の現金流出抑制策の謎の画像2
三菱グループ内の企業間取り引きでメインバンクが三菱銀行であるケース(左)と、グループ外企業との取り引きでメインバンクも三菱銀行ではないケース(右)との、お金の流れの違い。

 三菱グループの場合は、その銀行戦略に総合商社・三菱商事も乗った。

 三菱商事は財閥解体の時(1947年)にバラバラに解散させられた。かつての役職員が新会社を設立して、それが統合を繰り返し、1954年に大合同を遂げて、今に続く三菱商事が再生した。しかし、その間に他社に流れてしまった商権があった。解散後に設立された新会社は、当初中小企業でしかなかったので、それまで三菱商事を使っていたグループ企業も、ほかの商社を使わざるを得なかったからだ。

 大合同後、三菱商事は猛然と巻き返して、それらの商権を取り戻していったが、三菱の取引はすべて三菱で完結することが望ましい。そこで、1964年に三菱商事トップが三菱広報委員会を設立。「BUY三菱」(三菱製品を買いましょう)運動を展開した。現在ではさすがに「BUY三菱」はやっていないが、三菱グループの広報活動を担っているのはやはり三菱広報委員会である。

排他的に取引すると、グループ他社の売り上げが気になる

 話がそれたが、銀行が「効率的な融資」を突き詰めていくと、企業間取引は固定的にならざるを得ない。

 たとえば、三菱重工業が船内装飾の電装品を三菱電機ではなく、日立製作所から購入すると、三菱銀行からの融資が減らされてしまう。銀行がそこまで細かく見てるのかって? 見ているんですよ。そして、三菱電機の営業サンが黙っていません(昭和時代のお話ですが)。

 つまりこうして、どこの企業がどこから何を買うかというのが固定されていく。そうなると、販売する企業としては、販売先の企業の業績が気になってくる。

 たとえば、三菱グループのキリンビールの売り上げが伸びると、昔は瓶ビールが主流だったから、同じ三菱グループの旭硝子(現・AGC)に発注を増やす。そして、キリンビールの売上がもっと伸びると、他の業種に波及する。設備を増設したり、工場を建設して三菱重工業や三菱電機に機器を発注したりする。三菱自動車の社用車を増やして、東京海上火災保険の自動車保険に入る。従業員が増えれば、給与振り込みのために三菱銀行の銀行口座を作らせ、明治生命保険の生命保険に加入を勧める……。

 こうなると、三菱グループ企業はキリンビールの売り上げや業績に無関心ではいられない。会社主催の催し物ではキリンビールを指定するし、従業員はすすんでキリンビールを飲まずにはいられない。そして、自社ビルにはキリンビール(現・キリンビバレッジ)の自動販売機を置かざるを得ない。三菱総合研究所の初代社長(元三菱銀行常務)中島正樹は、実弟がアサヒビールの社長なのに、外ではキリンビールしか口にしなかったという。

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