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『新聞記者』藤井道人監督の最新作が示した「宇宙と屋根」の新概念【沖田臥竜コラム】

文=沖田臥竜/作家
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『宇宙でいちばんあかるい屋根』全国公開中

 先日、対談をさせてもらった藤井道人監督【参考記事「映画『ヤクザと家族』特別対談」】の最新作宇宙でいちばんあかるい屋根が公開された。藤井監督とは、来年公開の映画『ヤクザと家族 The Family』の監修や所作指導を筆者が務めた縁でいい付き合いをさせてもらっているが、今作『宇宙で〜』は、ヤクザのヤの字も出てこない、ファンタジー感あふれるも、老若男女さまざまな観客の人生を見つめ直させてくれる良作だった。ここでは、“盟友”藤井道人の渾身の作品を一人でも多くの人に観てもらいたく、映画評なるものを書かせてもらった。

父を亡くした時も泣かなかったのに……

 主演の清原果耶さん演じる、大石つばめを見ていると、もう一度、中学の頃に戻りたくなってしまった……いや、すまぬ、不良の自分は中学へはほとんど行っていなかった……。

 そんな幼い頃から映画館が好きだった。私の地元、兵庫県尼崎市塚口にも映画館があったので、映画は私にとって身近な存在だった。今でこそ仕事柄、1人でどこにでも出掛けるようになったのだが、成人になってもしばらくの間は、1人で行く場所といえば、コンビニとパチンコ屋、それに映画館くらいしかなかった。

 その後、年々、仕事に忙殺されるようになり、それに比例して、さまざまな葛藤や悩みを人並みに抱えるようになったのだが、そんな時、私はいつも1人で映画館へと向かった。そこで煩悩や雑念をいったん振り払い、何も考えずに、ただスクリーンを観て、映画の世界に没頭してきた。それは一種の現実逃避だったのだが、今思えば、そこでまた自分自身を奮い立たせてきたように思う。

 塞ぎ込んだ気持ちを奮い立たせてきただけじゃない。振り返れば、初めてのデートは、いつも映画館だった。

 そんな私もここ最近は、日々の業務に追われて映画館に行くことができなかったのだが、どうしても観たい作品があったので、久しぶりに劇場に足を運んだ。

 その映画とは、清原果耶さん、桃井かおりさん主演の『宇宙でいちばんあかるい屋根』である。メガホンを取ったのは、ポリティカルサスペンス『新聞記者』で今年の日本アカデミー賞において最優秀作品賞を含む6部門を受賞した藤井道人監督。当時33歳という若さで日本アカデミー賞を受賞した藤井監督が描く、『新聞記者』や『ヤクザと家族』とはまた違うであろう世界観に興味があったのだ。

 私はあることがあってから、どんなことが我が身に降りかかろうと、人前で涙を流さないと決めている。泣いても、そこからは何も始まらないことを知っているからだ。嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、私は人前で涙を流さなかった。30歳になって父を亡くしたときも、走馬灯のようにさまざまな想いが脳裏に甦ってきたのだが、涙を流さなかった。

 そんな私の培ってきた哲学を、この映画はことごとく打ち破り、激しく感情を揺さぶってきたのだ。そして気がつけば、「なんべん泣かすねん……」と思いながら、鼻をすすっていた。巨大なスクリーンに映し出される洗練された映像、良質なスピーカーから流れる、感情揺さぶる役者たちの言葉や音楽……この体感は、やはり劇場でしか得られない。

 こうした感覚は、まったく同じ物でも、家で食べるのと外で食べるのとでは異なる体験になるということに似ている。

 私の中でDVDは、劇場での体感を経たのちに、あらためて余韻を楽しむためのものである。ひとりで余韻に浸りたいがために、私は気に入った作品を何度もレンタルする。買ったほうがはるかに安上がりだとわかっていても、名作になればなるほど買わない。その都度お金を払って、DVDをレンタルする行為そのものが好きなのだ。

『宇宙でいちばんあかるい屋根』はタイトルからして、私の興味を惹いてきた。その理由は、私が屋根の上から見る景色が好きな少年だったからだった。屋根の上が好きすぎて、中学2年のとき、2泊3日の林間学校の旅先で合宿所の屋根へとよじ登り、初めて見る田舎の景色を見渡した。おかげさまで、その後、屋根から派手に転落してしまい、合宿1日目で即入院。1カ月間、家に帰ることができなかった苦い思い出を持っていたりする。

 そんな「屋根好き」の私からすれば、「宇宙で一番の屋根とは、いったいどんな屋根で、どのような景色を見せてくれるのだ?」と、果てしない興味が広がっていた。

「夜のせい」「しぶとく生きろ」桃井かおりが放つ言葉

 『宇宙でいちばんあかるい屋根』は、清原さん演じる、「恋愛」や「家族」など思春期の悩みを持つ14歳の中学生・つばめが、あるビルの屋上で出会った、桃井さん演じる謎多き老婆「星ばあ」との交流を通じて成長し、自分を見つける物語だ。星ばあは、まさに屋根の上や屋上から人々の人生を俯瞰してきたかのような物言いと振る舞いで、つばめと向き合い、彼女の心のわだかまりを解き、ひいては、観客の心にも優しい影を落とす。そんな星ばあのいる場所は、確かに宇宙で一番のあかるい屋根であった。

 そんな劇中で、忘れられないセリフがあった。それは、星ばあが、つばめに放った一言。「夜のせい」という言葉だ。

 確かに、夜は人を変える。

 十代の頃は、あれだけ夜が好きで朝まで遊びまわっていたというのに、今の私は夜が大嫌いである。それには理由があって、徹夜で原稿を書き続けると、必ずといっていいほど、原稿が荒れるからだ。

 私の場合、ほぼ毎日が締め切りと会議みたいなものなので、徹夜で原稿を書くことが多くなるのだが、原稿が荒れると同じように心も荒れ、そこから、“まあまあな問題”を生じさせてしまうクセがあるのだ。突如、それに付き合わされるハメになる方々には、いつも大変申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、それは厳密にいうと私のせいではなかった。

「夜のせい」

だったのである。

 だからこそ、思う。大事な人にラブレターをしたためる際、勝負のLINEを送信する際には、夜ではなく、十分な睡眠をとり、頭が稼働しだした午前10時過ぎにしろと。それで叶わぬ恋ならば、実らぬ花だったと諦めてほしい……。

 また、星ばあは「しぶとく生きろ」とも、つばめに言う。

 生き方によっては、今の世はつまらなくて堅苦しい、窮屈な時代なのかもしれない。私自身ですら、そこまで「生きる」ということにがむしゃらさはない。ただ、まだまだやり残したことがある以上、そうたやすく、くたばることはできない。私もしぶとく生きてやろうと思っている。しぶとく生きていれば、いいこともやってくる。這いつくばってでも生きていれば、夢だって叶う。星ばあは、そう、つばめに言いたかったのかもしれない。

 私は屋根や屋上が好きだったので、そこからいろいろな街並みを見下ろしてきた。夜になるとそこに灯るそれぞれの明かりに、さまざまな人間模様を想像させてきた。これからもそれは変わらないだろう。だけど、この映画を観終わった時、見下ろすだけではなく、たまには夜空も見上げて生きていくのもありだな、と感じさせられている自分がいたのだった。

 物語終盤、夜空を見上げたつばめは、自分の未来に広がる可能性、多くの人々と紡ぐ今後の人生に想いを巡らせているようだった。そんな、つばめが見上げていた、果てしなく広がる優しい夜空を、私もいまから観ることができるかもしれない。そんな思いにさせてくれる、すばらしい映画だった。
(文=沖田臥竜/作家)

沖田臥竜/作家

沖田臥竜/作家

作家。2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。小説『ムショぼけ』(小学館)や小説『インフォーマ』(サイゾー文芸部)はドラマ化もされ話題に。最新刊は『インフォーマ2 ヒット・アンド・アウェイ』(同)。調査やコンサルティングを行う企業の経営者の顔を持つ。

Twitter:@pinlkiai

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