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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

加藤綾子も林田理沙も、音大卒からアナウンサーに…多様化する音大生の就職事情

文=篠崎靖男/指揮者

有名音大を出てもオーケストラ就職は困難

 そんな音楽大学ですが、卒業にあたっての卒業論文はもちろん、ゼミ等での論文もありません。音楽を学問として研究している音楽学の専攻生は例外ですが、楽器や指揮を専攻している学生は、論文の代わりに演奏によって評価を受けるのです。そう聞くと、「なんだ、大好きな楽器を演奏するだけで楽そうだなあ」と思われるかもしれませんが、実際にはとんでもなく大変です。

 試験の前には大学の師匠にしごき抜かれ、もう顔を見るのも恐ろしい師匠も含めた大勢の教員陣の前で演奏して評価されます。演奏の実技試験は一発勝負で、一般大学の論文のように教授に突き返されて書き直すようなことはできません。たとえ、今まで間違えたことがなかった音を間違えてしまっても、一般大学の論文のように教授に突き返されて書き直すようなことはできません。音を間違えただけでなく、「この学生は本番には弱い」と評価が下がるだけです。まるでコンクールのようですが、次に弾く順番の学生も入り口のところで真っ青になって、緊張のために冷たくなった両手をこすって温め続けています。冷たくなった指では、楽器を弾くことができないからです。

 やっと卒業論文代わりの実技試験が終わってホッとしたのもつかの間、師匠に電話をしてみたら、褒められるどころか「どうしてあそこを間違えたの!」と叱られたり、いろいろなことがあります。そんなことを乗り越えて、「卒業後はどうするのか?」と聞かれても、同じく音楽大学を卒業した僕にとってもわかりません。音楽大学に入学した頃に、「卒業後はオーケストラに入団したい」という大きな夢を描いていても、実際には世界のどこでもオーケストラの定員はいっぱいで、誰かが定年か諸事情で辞めない限り、団員募集はありません。特に現在は、有名な音楽大学をトップクラスで卒業しても、オーケストラに入れるか入れないかという状況だそうです。

多様化する音大生の進路

 音大生は、教員になって音楽を教えるという道もあります。そんなこともあり、教員免許を取得するために教職課程を履修する学生は、一般大学とは比べものにならないくらい多いのです。何を隠そう、僕も中学・高校の音楽教員免許を持っています。音楽大学で教えている友人に話を聞いてみると、最近では音楽大学を卒業しても音楽以外の企業、たとえば自動車メーカーに入社したりする学生も当たり前のようになってきているそうです。

 そんななか、音楽大学出身にもかかわらず、日本を代表する一般企業に入社し、トップまで登りつめた人物がいます。それは、ソニーの元社長、故大賀典雄さんです。彼の経歴は、なんと東京芸術大学音楽学部声楽科、その後、ベルリン国立音楽大学も卒業という、声楽家として華々しいもので、実際に卒業後はバリトン歌手として活動をされていました。

 そんな大賀さんですが、若くから録音機器にも強いこだわりを持っており、ハードユーザーとしてたびたびソニーにクレームをつけていたことが社内でも有名だったそうです。そんなある日、いつもと同じくクレームをつけに本社まで行ったところ、その的確な指摘に感心したソニー創業者の盛田昭夫、井深大両氏に、「ソニーに入らないか?」と粘り強く説得され、「歌手との二足のわらじでよければ」と、とうとう折れてしまいます。入社1年目で製造部の部長に抜擢され、その後、広告・デザイン部長としてソニー・ブランドの礎を築き、そして取締役に抜擢されることになります。そんな異色の社長です。

 しかし、彼は世界のソニーのトップになっても、音楽はやめませんでした。晩年はオーケストラ指揮に興味を持ち、東京フィルハーモニー交響楽団を指揮したのをきっかけに、世界中のオーケストラを指揮。その音楽活動はソニーの特別イベントではありましたが、なんと世界最高峰のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で『第九』まで指揮なさったのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

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●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/