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江川紹子の「事件ウオッチ」第161回

「安倍政権の継承」を掲げる菅首相は“負の遺産”の清算を…江川紹子の提言

文=江川紹子/ジャーナリスト
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9月14日午後、自民党総裁選で新総裁に選出された菅義偉氏(写真は自民党の公式サイトより

 「やはり」と思った人は多いのではないだろうか。私もその1人である。

 総務省が政党交付金使途等報告書を公表し、昨年の参院選挙で自民党本部が河井案里陣営に提供した1億5000万円のうち、8割に当たる1億2,000万円が、国民の税金を原資とする政党交付金からの支出だったことが明らかになった。河井夫妻が、国民の金を懐に、大規模な買収を展開していた疑いが強まった。

河井夫妻事件における自民党の責任

 案里・参院議員が立候補表明した昨年3月20日以降、党本部から陣営に支出された政党交付金は、案里氏が代表を務める党支部に3回合計7,500万円、夫の克行・元法相が代表の党支部に1回4,500万円だった。

 9月26日付読売新聞によれば、この選挙での自民党公認候補は49人。そのほとんどのケースで、党本部が政党交付金から支出した金は1,500万円。案里氏と同じ広島選挙区の溝手顕正氏の支部も同額だった。それ以上の金額を党本部が支援したケースは、案里氏以外に5件あったが、その金額は2,500~4,500万円だった。案里氏に対する支援の手厚さは、突出している。

 さらに、交付金以外にも党本部からは3,000万円が案里陣営に提供された。案里氏も、党本部から1億5,000万円の提供があったことは認めている。

 二階幹事長は、6月の段階で「党勢拡大のための広報紙を複数回、全県に配布した費用に充てられたと報告を受けている」と述べ、党本部からの金が買収の原資であることを否定した。

 しかし、河井夫妻の党支部はいずれも、2月に提出した報告書で、すべての支出項目について、「関係書類が押収されているため使途等の内訳が不明」としていた。

 二階氏も夫妻の逮捕後、「党として支出した先がどうなったか細かく追及しておらず、承知していない」と発言を修正した。

 6月23日付朝日新聞デジタルによると、克行議員は逮捕前、周囲に「(党本部からの1億5,000万円は)渡した現金の原資ではない」「(地元議員らに渡したのは)手元にあった資金」と説明。政党交付金については「領収書も全て残っており、使途は説明できる」と語っていた、という。

 一方、金を受け取った事実やそれが買収の意図だった認識を認めている地方政治家の中には、克行氏が「安倍さんから」と言いながら渡した、と証言する者もいる。克行氏は、やはり党本部からの金を配っている認識だった疑いは残る。

 それにそもそも、金には色も印もついていない。ばらまいた金は、どちらが原資かなど明確に分けられるものではないだろう。仮に、渡したのは「手元にあった資金」としても、国民の税金から出された大金を懐にしていたからこそ、選挙資金にゆとりが出て、派手な金のばらまきも可能になったと言えるのではないか。

 河井夫妻は、6月に自民党を離党。同党の世耕弘成・参院幹事長は、国民に対しては「(夫妻が)自身で説明すべき」と繰り返してきた。政党交付金についても、「河井さん側がしっかり説明をされなきゃいけないが、使途が不明と言わざるを得ない状況。捜査との関係で(明らかにすることが)実現できていない」と語っている。

 2人に国民に対する説明責任があることは言を俟(ま)たないが、自民党にもその責任はあるのを忘れてもらっては困る。

河井夫妻だけではない、使途不明の政党交付金

 政党助成法第4条第2項は、政党交付金を使用するにあたっての政党の責任を、次のように明記している。

〈政党は、政党交付金が国民から徴収された税金その他の貴重な財源で賄われるものであることに特に留意し、その責任を自覚し、その組織及び運営については民主的かつ公正なものとするとともに、国民の信頼にもとることのないように、政党交付金を適切に使用しなければならない〉

 その使い方で、まさに「国民の信頼にもとる」事態が起きているのだ。自民党は、政党としての「責任を自覚し」、これだけの金額の提供を、誰が、どういう理由で、どのようにして決めたのか、決定のプロセスを国民に対して明らかにする義務がある、と言えよう。

 河井夫妻が逮捕された当日に行われた総理記者会見で、安倍前首相も、こう述べている。

「自民党総裁として、自民党においてより一層、襟を正し、国民に対する説明責任も果たしていかなければならないと考えています」

 その約束は、未だ果たされていない。菅総裁は、これを引き継ぐ立場だ。きちんと調査を行って、その結果を公表する責任がある。

 そのうえで自民党は、少なくとも参院選に向けて河井陣営に提供した1億2,000万円については、国庫に返してもらいたい。

 河井夫妻だけではない。自民党は、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業を巡る汚職事件などで起訴された秋元司・衆院議員が代表の党支部に対し、同議員の逮捕当日の昨年12月19日に政党交付金200万円を支出したことも分かった。秋元議員は、その6日後には離党している。同議員も、河井夫妻と同じ理由で、交付金の使途については「不明」のままだ。

 これについて同党幹事長室は、「逮捕以前に交付が決定されたものを、事務的に送金手続きしたにすぎない」など弁明した。

 しかし、東京地検は同年12月7~8日に秋元議員元秘書ら2人の自宅などを家宅捜索しており、同月9日にはメディアが同議員に不正の有無を問いただして報じている。外国為替法違反事件と同議員の関連が注目されていることを、自民党が知らなかったはずはない。そういう中での支出である。

 政党交付金の性格を考えれば、しばし支出を見合わせ、状況を確認するなどの慎重さが必要だったろう。いったん自党の口座に入ってしまえば、それが国民の血税であることを忘れ、「自分たちが好きに使える金」という感覚でいるのではないか。

 ちなみに政党交付金は、日本共産党以外の政党が受け取っている。政党の交付金への依存度は高い。昨年11月30日の時事通信の記事によれば、共産党を除いた政党本部の年間収入総額に占める政党交付金の割合が最も高いのは国民民主党(84.8%)で、企業団体献金が豊富な自民党でも66.5%だった。衆参両院から会派に支給される立法事務費を含めると、税金依存度は立憲90.9%、自民76.8%などに跳ね上がる。

 今や日本の政党は(共産党を除いて)税金によって運営され、選挙活動なども行われていると言っても過言ではない。この状態が適切であるかどうかについても、折を見て議論する必要があるのではないか。

 政党交付金制度の廃止を求めている共産党は、その理由を次のように述べている。

〈1.国民には政党を支持する自由も、支持しない自由もあります。政党助成金とは、国民の税金の「山分け」ですから、支持していない政党にも献金することを事実上強制する、「思想及び信条の自由」をふみにじる憲法違反の制度だからです。

2.政党の政治資金は、国民とのむすびつきを通じて、自主的につくるべきものです。税金からの分けどりは、この本来のあり方に根本的に反し、政党の堕落と国民無視の政治を助長する制度だからです〉

河井夫妻買収事件、森友、「桜を見る会」……

 ここで話を河井夫妻らの事件など、自民党の不祥事に戻す。

 菅首相は、安倍政権で官房長官を務めていたこともあり、安倍時代に起きた様々な問題から逃れることはできない。外交における首脳同士の信頼関係など、プラスの遺産だけでなく、負の遺産も引き継いでいる。

 そうした負の遺産の中でも、河井案件に加え、森友問題における公文書改ざん・廃棄と、総理主催の「桜を見る会」に関しては、特に重要なものとして取り組むべきだ。

 森友問題では、公務員1人が自殺に追い込まれた。事情を知る佐川宣寿・元財務省理財局長は、国会の証人喚問で「刑事訴追の恐れ」を理由にほとんど何も語らなかった。その後、減給処分を受けて、依願退職。不起訴処分となった。

 この件は、安倍前首相の「私や妻が関係していたということになれば、総理大臣も国会議員もやめる」という発言との関連に注目が集まったが、財務省の調査報告書では、文書改ざんの動機は明らかにされず終い。麻生財務相は「それが分かれば苦労しない」と言い放った。

 その後明らかになった、自殺した財務省近畿財務局の職員だった赤木俊夫さんの手記には、「すべて佐川局長の指示です」と書いてあった。再調査を求める声が高まったが、麻生氏は拒否。新政権でも財務相の職に留まり、再調査は拒否し続けている。

 有印公文書変造・同行使容疑などで告発された佐川元局長らは、大阪地検が不起訴処分とした。検察審査会は「不起訴不当」と議決したが、同地検は昨年8月に再び不起訴処分として、刑事事件としては終結している。佐川氏にはもはや「刑事訴追されて有罪判決を受けるおそれ」はない。

 上司から違法な仕事を強いられたことを苦にした公務員が死に追いやられたのに、その真相を解明しようという努力すらしない、というのは、どう考えても許されることではないだろう。

 また、「桜を見る会」では、オーナー商法で多額の被害者を出したジャパンライフが、「桜」の招待状を勧誘活動に利用していたことも明らかになっている。警視庁は、同社の山口隆祥・元会長らが顧客から多額の資金をだまし取ったとして詐欺の疑いで逮捕した。

 ジャパンライフの商法は以前から問題になっており、国会で取り上げられたこともあった。山口元会長は、大物政治家に接近し、献金などを通じて関係を深め、それを商売に利用していたことでも知られる。安倍前首相の父、故晋太郎・元外相も、山口元会長らとニューヨークを訪問したと認めている。

 山口元会長は、首相枠で「桜を見る会」に招待されていたと見られるが、政府は文書は廃棄済みだからと再調査を突っぱねる。

 菅首相は、自身の政権では「桜を見る会」は行わないとしたが、催しをやめればいい、というものではない。このような態度の政府を、産経新聞は9月19日付社説「主張」で、次のように叱咤した。

「(桜を見る会を)やる前提であり方を見直すのだから、やらないなら検討する必要もない。そういう理屈なのだという。だが過去の会が事件に利用されてしまった以上、これはもう、屁理屈ともなるまい」

 その通りだ。

 菅首相には、逃げることなく負の遺産にも向き合い、これらについてしっかり調査を行い、事実をつまびらかにしたうえで、身ぎれいな政権として、思い切り仕事をして欲しいと思う。(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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