六代目山口組が絆會の牙城・長野を陥落させ、“弘道会の強さ”を見せつける…絆會若頭は依然逃走中の画像1
上田市にある絆会館

 2017年、神戸山口組から割って出た勢力が任俠団体山口組(現在の絆會)としてスタートをきった際、同組織に置いて、兵庫県尼崎市は特別な地域であったといえるだろう。その証拠に、結成式やその後の2度の記者会見は尼崎市内の関連事務所で行ってきていた。当局が指定暴力団として官報に公示した同組織の本拠地も、尼崎にある四代目真鍋組(解散)事務所にしていたほどであった。

 しかし、当時から兵庫県尼崎市には、神戸山口組系勢力も存在しており、その後、六代目山口組系勢力も進出。さらに気がつけば、尼崎の勢力図は、一部の神戸山口組を残して、六代目山口組の勢いを物語るように、その中核である弘道会系組織のほぼ一強となっていたのだった。

 そんな尼崎という特別な地域を失った絆會だが、それでも最近に至るまで難攻不落といわれる、同組織がしっかりと根を下ろす地域が存在していた。

 それが、昨年4月、絆會が織田絆誠会長を頂点とした盃ごとを執り行った長野県であった。盃ごとが実施された、上田市にあるその事務所は、当時「信州会館」と称されていたのだが、この夏、絆會が解散を撤回し、新体制を発足させた時には、看板を「絆会館」と変更させ、長野を今後の重要拠点とすることをうかがわせていたのである。

 だが、その絆会館も今回、四代目竹内組が絆會から弘道会系組織へ移籍したことで、同組事務所同様に、その管理には弘道会系組員らが当番制で入ることになったというのだ。

「あれだけ、六代目山口組系サイドが攻めても攻めて落ちなかった長野県が、弘道会によってついて陥落したのだ。六代目山口組の分裂は、そもそも弘道会体制に不満を抱いた山健組を中心とした勢力の反発に端を発していたが、いよいよここに来て、弘道会一強が色濃くなってきたのではないか」(業界関係者)

 既報の通り【参考記事「竹内組組長を絆會若頭が銃撃」】、そんな中で今月28日に起こったのが、絆會若頭である金澤成樹会長による、四代目竹内組・宮下聡組長への銃撃事件だったわけである。

 現在も逃走を続けている金澤会長は、一説によると数丁の拳銃を携帯しているのではないかという噂もあり、その行方は依然として判明していない。また当局は、金澤会長の運転手を任意で事情聴取しているといわれており、事件現場の検証などもすでに済ませているという話だ。

 一方で、若頭が銃撃事件を起こし、逃走するという激震に見舞われている絆會は、現在どういった状況なのだろうか。絆會に近い関係者はこう話す。

 「表立った動きは見せていないが、突然の出来事に今後の対応をめぐり、内部でもさまざまな検討しているようだ。そんな様子を見ても、金澤若頭の発砲事件は組織的なものではなく、絆會関係者でも予期せぬ事態だったのではないだろうか」

 六代目山口組分裂問題は、弘道会がその強さを見せつけることとなり、その前に神戸山口組は大きく揺れ、絆會も牙城とまでいわれていた長野県が陥落するに至ったのである。

 そして、現在も逃走する金澤会長。捜査当局は総力を上げて、その行方を追うことになっていくことだろう。

(文=山口組問題特別取材班)