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小林敦志「自動車大激変!」

新型フィットがヤリスに負けた新車販売の裏事情…“化け物”N-BOXが売れすぎる弊害も

文=小林敦志/フリー編集記者
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ホンダの「フィット」(「フィット|Honda公式サイト」より)

 2月10日にトヨタ自動車「ヤリス」、2月14日にホンダの新型「フィット」と相次いで正式発売されたこともあり、両車の月別販売台数が注目されている。自販連(日本自動車販売協会連合会)統計によると、2020年1月から8月の累計販売台数はヤリスが7万3989台(月販平均販売台数約9248台)、フィットが6万6400台(月販平均販売台数8300台)となり、今のところヤリスがリードしている。

 両メーカーが発信したニュースリリースによると、ヤリスの月販目標台数は7800台、フィットは1万台となっているので、平均月販台数で見るとヤリスは目標をクリアしているが、フィットは目標台数に達していないことになる。

 ただ、販売台数について、特にヤリスに関してはトヨタディーラーのセールスマンから「統計ほど、自分たちが売っているという自覚はない。レンタカーなどへのフリート販売で積み増ししているのではないか」という話を複数から聞いている。筆者も、街なかでヤリスを見かけても「“わ”ナンバー(レンタカー)」のクルマをけっこうな頻度で見かけていたのだが、販売しているセールスマンからこのような話が出ることには驚かされた。

 まあ、ヤリスが販売台数を目立って“盛って”いたとしても、目標販売台数を下回っているフィットの元気が今ひとつといった印象もぬぐえない。春先から新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、緊急事態宣言が発出されたことで、製造現場の稼働停止や思うような販売促進活動ができなかったことなどの特別な事情を考慮しても、販売苦戦というレベルではないものの、やはり勢いが足りない印象は否めない。

 ホンダの販売現場で話を聞くと、納期が特別遅れているというわけでもない。セールスマンに話を聞くと、「今回のフィットは、先代よりもさらに気合いが入っております。開放的な視界の確保や、このクラスでは異例ともいえる後席居住性の向上などを行っております。出来がいいだけに、他の車種、たとえばフリードやヴェゼルを見に来られたお客様も、最終的にはフィットをお買い上げいただくことが目立ちます」とのことである。

“化け物”ぶりを発揮するN-BOX

 そこで、フィットのほか、「N-BOX」「フリード」「ヴェゼル」「ステップワゴン」といったホンダの中で量販の期待できるモデルとヤリスを加え、今年1月から8月までの月別販売台数推移のグラフを作成した。

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 フィットは年度末の3月に思い切り販売台数を増やしたが、その後は1万台弱近辺で安定している。一方、フィット以外のホンダ車は4月からは下降傾向が目立っている。特にフリード、ヴェゼル、ステップワゴンは販売台数の低迷傾向が目立っており、新型フィットに“食われた”ことも影響しているといっても過言ではないだろう。ヴェゼルは、フルモデルチェンジを控えた末期モデルということも影響しているようである。

「他のホンダ車がフィットに食われているのなら、フィット自体は販売好調なのでは?」と疑問に思う人もいるかと思うが、販売は下降傾向にあるものの、N-BOXの存在が、やはりフィットの元気を今ひとつにさせているようなのである。

 現在のN-BOXは、今年11月とされているマイナーチェンジを控えた末期モデル。軽自動車は全般的に末期モデルとはいえ、よほどのことがない限り極端に販売台数を落とすことはないのだが、それでも4月以降もほとんどの月で1.5万台前後を販売しており、“化け物”ぶりを発揮している。

 前出のホンダディーラーセールスマンは、「N-BOXは放っておいてもよく売れる」と語っていた。この「放っておいても売れる」N-BOXの存在が、まさに新型フィットの勢いが今ひとつのように見えてしまう一因となっているのである。

 近年は、大きめの登録車から軽自動車をメインに“小さいクルマ”へ乗り替える“ダウンサイザー”と呼ばれる層が軽自動車の販売台数を押し上げているとされている。ダウンサイザーはそれまで軽自動車を“ファーストカー”として保有した経験がない中、初めて軽自動車を購入するといったパターンも多い。

 このケースでは、特に年配ドライバー層では、スズキやダイハツといった軽自動車販売比率の高いブランドよりは、根拠は不明な部分もあるが、「大きな登録車までラインナップされ、そのような車種のクルマづくりの精神が活かされている」として、ホンダや日産あるいは三菱自動車の軽自動車を好んで購入するといったパターンも目立つ。このようなニーズを吸収していることも、N-BOXの快進撃を後押ししている。

 さらに、N-BOXの特徴としては“指名買い”や“N-BOXからN-BOXへの代替え”なども目立ち、結果的に日本で一番売れているクルマの地位を不動のものとしているのである。

 ただし、軽自動車は販売による利益だけでなく、その後のアフターメンテナンスでも購入ディーラーではなく格安業者へ流れることも多く、まさに“薄利多売”となってしまう。N-BOXや新型フィットの出来が良いので、「どちらかでいい」というようなことにもなりやすく、結果的にその他のホンダ車は販売の伸び悩みが目立ってしまい、ディーラー収益の圧迫も危惧されている。

トヨタ系ディーラーの強み

 一方のトヨタは、ヤリスや「ルーミー」「ライズ」などがヒットする一方で、「ハリアー」や「アルファード」など、“高収益車種”までよく売れている。ホンダディーラーと比べると客層に厚みがあり、そのような客層をディーラーがガッチリ“つなぎとめることができている”といっても過言ではない。

 トヨタディーラーは、「○○がほしい」というお客にそのクルマを売るだけでなく、“提案型営業”というものも今なお熱心に行っている。購入意思などを微塵も示さない既納客が定期点検で来店したときの待ち時間に、そのお客が興味を示しそうなモデルの見積りを見せると、暇つぶしも兼ねてお客も話に耳を傾け、けっこうな割合で新車へ代替えしてもらうことがあるそうだ。

「あのお客は車検が近い」とか、「そのお客が興味を示しそうな新型車が出た」など、希望するクルマをただ販売する“売り子”ではなく、あくまでセールスマンとして提案して売り込むということは、もちろんトヨタ以外のメーカー系ディーラーでも行われていることだろうが、トヨタ系ディーラーのセールスマンほど“得意技”にはなっていないのが実情のように見える。

 N-BOXという“怪物”の存在感が大きいのは否定できない事実。そして、軽自動車は登録車よりも売りやすい(ライバル車との比較は見た目と値引きぐらいになるので)のが一般的。トヨタディーラーもダイハツからのOEM軽自動車をラインナップしているが、販売してもノルマやマージン換算をしないなど、セールスマンを安易に軽自動車販売に走らせないようにしているところもあるそうだ。

 登録車でも、たとえば同じノルマ4台に対し、「パッソ」3台にルーミー1台よりはハリアー2台とアルファード2台の方が、より評価が高まるといったシステムを導入しているディーラーがあると聞く。

N-BOX一強時代が続く弊害

 販売台数統計を見ると、N-BOXの売れ行きは群を抜いている。もちろん、人気軽自動車ではお約束の“自社届け出”も熱心に行われていると聞くが、それでもよく売れていることには変わりはない。ただ、新車購入時の支払い総額ではフィットの方が割安感は大きい。

 N-BOXは知名度が高く、それを見に店頭を訪れるお客も多いので、その中から「このお客なら」といったときにはフィットを勧めてみるという売り方は有効だし、実践している現場のセールスマンも多いだろう。ただ、現実はN-BOXの方が売れてしまっているのである。

 今後は、セールスマン同士の情報交換を活発化させるなど、売り分けることを強く意識しないと、「どうせN-BOXにはかなわない」といったムードが開発現場にも蔓延しかねない。今のところは、新型フィットを見ていれば、逆にN-BOXの存在が開発者魂を奮起させ、完成度の高いモデルとなっているようにも見えるが、おせっかいながら、今のN-BOX一強時代が延々と続けば「どうせ……」となり、魅力の乏しいホンダ車ばかり登場するといった心配もしてしまう。

 筆者のようなオジサン世代にとっては、やはり「アコード」や「シビック」といったおなじみ(しかも世界市場ではよく売れている)モデルが、目標販売台数も含め、日本国内において存在感の薄い現状はさびしい限りである。そして、フィットもすでにホンダではおなじみモデルとなっているのである。

 ただ、販売台数競争を意識しすぎ、自社登録やフリート販売を熱心に行うのは、個人ユーザーの利益(リセールバリュー)保護の観点からも控えめにしていただきたい。

(文=小林敦志/フリー編集記者)

小林敦志/フリー編集記者

小林敦志/フリー編集記者

1967年北海道生まれ。新車ディーラーのセールスマンを社会人スタートとし、その後新車購入情報誌編集長などを経て2011年よりフリーとなる。

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