
2021年4月は3年ごとに改定される介護報酬の改定期である。診療報酬改定の過程では毎回、日本医師会(以下、日医)の政界工作が話題になるが、同じ社会保障費を財源とする介護報酬改定では、一般メディアが取り上げるほどの政界工作は行われていない。
介護業界には、日医のように業界全体を代表し、国政選挙にも影響力を行使し得る有力団体が存在しないからだ。介護老人保健施設、老人福祉施設、グループホーム、小規模多機能型居宅介護などサービス類型ごとに事業者団体が存在するだけで、しかもドングリの背比べ状態である。
ところが21年度介護報酬改定をにらんで、大がかりな政界工作が蠢動し始めた。公益社団法人・全国老人保健施設協会(以下、全老健)の関連団体である政治団体「全国老人保健施設連盟」(以下、老健連盟)が、介護関連の各団体を結集して「地域包括ケアシステム・介護推進事業者団体連絡協議会」の設立を計画している。この協議会を政界工作の主体にする構想だ。
きっかけは14年12月に、全老健関係者が約142万筆の署名と「老健施設の利用者へのサービスの質を確保し、介護従事者の処遇改善が可能になるような介護報酬改定の要望」を持参して、麻生太郎財務相を陳情に訪れたことだった。
その2カ月前の同年10月、介護業界関係者を震撼させる出来事が起きた。財政制度等審議会(以下、財政審)が15年度介護報酬改定に対して、マイナス6%の改定率を提言したのだ。診療報酬改定と同様に、社会保障費抑制を企図する財政審がマイナス改定を提言し、あくまでプラス改定を望む当該業界が反発する――これは、改定のたびに繰り広げられる風景である。
だがマイナス6%提言は、あまりに衝撃が大きかった。危機感を覚えた全老健関係者が麻生氏を訪問したところ、麻生氏は「介護の関連団体が一致団結する必要がある」と話したという。数ある介護関連団体が連携せず、全老健が単独で動いたことに違和感を抱いたのかどうか。真意はわからないが、介護報酬改定の要望なら、業界全体で政界にアプローチしなければ成果は期待できない。
15年度改定は財政審の提言ほどではなかったが、改定率はマイナス2.27%だった。プラス改定を実現するには介護報酬財源の確保が必要で、日医の政治との関わりを見るまでもなく、政界へのアプローチが必須である。その現実を全老健関係者は改めて実感したのではないのか。
厳しい見通しの21年度の改定率
その後、15年9月に自民党に「地域包括ケアシステム・介護推進議員連盟」が設立され、麻生氏が会長に就任した。この動きに介護業界も呼応し、次の介護報酬改定となる18年度改定に向けて、全老健、全国デイ・ケア協会、全国老人福祉施設協議会、日本介護福祉士会など11団体が計182万筆の署名を集め、17年11月に菅義偉官房長官、加藤勝信厚労相(ともに当時)、麻生氏に提出。翌12月には財務省主計局長に面会し、財源確保を申し入れた。