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「偉人たちの診察室」第8回・徳川綱吉

精神科医が語る徳川綱吉の「マザコン」と「小人症」…実母への思慕と劣等感、生類憐れみ令

文=岩波 明/精神科医
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徳川将軍が亡くなると身長を測り、同じ長さの位牌をつくった

 医師である篠田達明の著作『徳川将軍家十五代のカルテ』(新潮新書)によれば、徳川家では、将軍が亡くなるとその場で遺体の身長を計り、これと同じ長さの位牌をつくって三河の大樹寺まで運ぶことになっていた。

 大樹寺は1475年に松平親忠によって創設された寺院で、松平家、徳川家の墓提所となっている。遺体と同様の扱いを受けた位牌は、丁重にかごにのせられ、行列を組んで江戸から三河まで運ばれた。

 次に示すのが、篠田氏がまとめたおのおのの将軍の位牌の高さと遺体の実身長である。実身長については、前述の『骨は語る 徳川将軍・大名家の人々』に記載された、遺骨から推定された実測値が使用されている。

 遺体の計測が可能であったのは増上寺に埋葬された遺体のみで、綱吉については、上野の寛永寺に埋葬されたため、遺体の計測は行えていない。また表の平均値については、8歳で亡くなった徳川家継の値は除外して計算した。

精神科医が語る徳川綱吉の「マザコン」と「小人症」…実母への思慕と劣等感、生類憐れみ令の画像3
綱吉の身長は124.0センチ。8歳で夭折した家継より小さいことがわかり、極端に低身長だったと言える。 出典:篠田達明『徳川将軍家十五代のカルテ』(新潮新書)

 表から、位牌の高さと遺体の実測値は、近似した数値を示していることがわかる。

 ここで注目すべきは、歴代の将軍のなかでの、綱吉の極端な低身長である。ほとんどの将軍は、当時の男子の平均身長である150センチ台後半の身長であったと推定されているが、綱吉のみ120センチ台と極端に背が低かった。この値は、まだ少年であった家継の135センチよりも小さい。このことは、何を意味しているのだろうか。

 結論からいえば、綱吉は、医学的には小人症であったと考えられる。

 小人症は、さまざまな原因で起こる疾患である。その定義としては、通常、身長が著しい低身長で、「標準身長−2標準偏差(SD)」以下のものをいうことが多い。原因としては、脳の下垂体の機能障害により成長ホルモンの分泌が不十分であるものが多いが(これを特発性小人症と呼んでいる)、原因不明のものも存在している。

 東京女子医大の小人症についての研究結果によれば、性別では男性に多く、出生時において障害のみられた頻度が高かった。原因が脳下垂体の機能障害であったものが約9割で、多くが知能は正常範囲だった。

 この疾患の治療としては、小児期から下垂体ホルモンを投与することが有効である例が多い。サッカーのリオネル・メッシ選手にはこの症状がみられ、下垂体ホルモンの投与を受けてきたことはよく知られている。

徳川綱吉の極端な低身長は、小人症が原因ではないか

 それでは、綱吉のケースではどうであろうか。同時代の記録には、綱吉が低身長であったことを記した文献は存在していない(逆に、低身長ではなかったと記されているものもない)。

 おそらく、最高権力者である将軍の身体的な「問題」について述べることは、タブーであったものと考えられる。同様の例として挙げられるのが、豊臣秀吉である。秀吉の右手の親指が2本あったことは、ルイス・フロイス、前田利家らが述べているが、これについて公式の文書には記録はない。

 小人症であったことは、綱吉の精神状態やその治世に何か影響を与えただろうか。前述したように、将軍としての綱吉の評価は高いとはいえないが、また決定的な悪政というものはなく、綱吉の精神状態には大きな問題はなかったように思える。

 生類憐れみの令の制定については、自分の低身長から発想した部分もあったのかもしれないが、確証はない。一点、小人症の影響を挙げるのであれば、綱吉は世継ぎの男子を持てなかったことが上げられる。脳下垂体の機能障害は、生殖に関するホルモンにも影響を及ぼすからである。

 綱吉の長男である徳松は夭折し、この結果、第6代将軍は兄の子である徳川家宣に引き継がれることになった。

(文=岩波 明/精神科医)

精神科医が語る徳川綱吉の「マザコン」と「小人症」…実母への思慕と劣等感、生類憐れみ令の画像1

●岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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