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21世紀のドラフト“事件簿”…騒動続出の巨人、金銭不正供与で制裁金3千万円の西武

文=上杉純也/フリーライター
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東京ドーム(「Wikipedia」より)

 日本プロ野球(NPB)の新人選手選択会議、通称「ドラフト会議」が間近に迫ってきた。今年の目玉は、投手なら早稲田大学の最速155キロ左腕・早川隆久、野手なら近畿大学の左のスラッガー・佐藤輝明というのが、各球団の評価だろう。

 現在は指名が重複すると抽選で交渉権が決定するが、かつてはこうした金の卵を獲得するために、ドラフト対象選手(大学生・社会人のみ)が自分の行きたい球団を宣言できる“逆指名制度”を導入するなど、必死の獲得合戦が行われていた。

 一方で、この逆指名制度の弊害で、さまざまな問題も起こっている。そこで今回は、逆指名制度に代わり、大学生・社会人から最大で2名をドラフト会議前に獲得できる“自由獲得枠制度”が設けられた2001年以降に起きたドラフト絡みの事件をご紹介しよう。

 まず、最初は02年のドラフトである。この年、複数の球団が自由獲得枠で立教大学のエース・多田野数人の獲得を目指していた。なかでも有力視されていたのは横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)だったが、直前で指名を回避してしまう。その理由は「諸般の事情を総合的に検討した結果」という、不十分な説明だった。

 当時のスポーツメディアのなかには「故障のため指名回避」と伝えるところもあった。確かに、ドラフト直前に多田野は右肩と右ヒジの治療を理由に国際大会出場を回避してはいるが、これが理由の第一ではないらしい。というのも、この年の夏ごろからネット掲示版などで、ある“ゲイビデオ”に多田野そっくりの男優が野球部の後輩たちと出演しているとの噂が流れていたからだ。しかも、立教大の監督が事実と認めてしまったのである。

 結局、横浜以外の球団も多田野の指名を見送ることになる。当の多田野は渡米し、2003~07年の米メジャーリーグ挑戦時代を挟んで、07年のドラフトで“外れ1位”ながら、ようやく指名されている。紆余曲折ありながらも晴れてNPBの選手となった多田野は、14年まで同球団でプレーしている。

金銭不正授受が判明、大問題に発展

 次に大きな事件が起きたのは04年だ。これは直接のドラフトではなく、ひとりの有望選手の獲得をめぐって起きた、金銭不正授受問題である。“一場事件”といえば、おわかりになる方も多いだろう。

 これはドラフト会議直前に当時、明治大学のエースだった一場靖弘に対し、この年の自由獲得枠での獲得を目指していた数球団が、日本学生野球憲章に反して現金を渡していたことが発覚した事件である。

 その球団とは、読売ジャイアンツ、阪神タイガース、横浜の3球団である。阪神は03年12月~04年3月の間に総額約25万円、横浜も03年12月~04年5月の間に総額約60万円を渡していたが、ケタが違ったのが読売だ。

 03年12月~04年6月までの間に、数回にわたり総額約200万円のも現金を渡していたのである。その名目も、食事代、交通費、小遣いなどと多岐に渡り、なんとか“裏金”にはしないという、まさに苦肉の策。

 当然、この3球団のオーナーなどの幹部は、辞任等の処分されることになった。また、一場本人も最後の秋のリーグ戦を前に退部届を提出している。

 加えて、金銭授受をしなかった残りの球団も一場の指名には消極的だったため、本人はNPB入りを断念し、MLB挑戦などを検討していた。

 しかし、結局はドラフト会議を経てNPB入りを果たすこととなる。この年はちょうど球界再編問題も巻き起こったこともあり、その流れでこの年の秋に創設された新球団の東北楽天ゴールデンイーグルスが即戦力投手の獲得を必要としていたため、自由獲得枠で同球団に入団することとなったのである。

 それでも入団時の騒動が野球の神様の怒りに触れていたのか、思ったほどの活躍はしていない。09年春には東京ヤクルトスワローズにトレードされ、12年に引退している。プロ8年間で91試合に登板し、16勝33敗1セーブ、防御率5.50というのが主な通算成績であった。

 この一場事件によって、翌05年にはドラフト制度が変更されることとなった。それまで2名以内まで自由競争で入団させることのできる“自由獲得枠”が、1球団1名のみ自由競争で獲得できる“希望入団枠”に改正されたのである。

ドラフト制度がたびたび変更に

 また、指名候補選手を“高校生選択会議”と“大学生・社会人ほか選択会議”と2分割されることとなった。この高校生と大学生・社会人の分離ドラフトは2年後の07年で終了するのだが、その年にまた事件が巻き起こる。そのぺナルティとして埼玉西武ライオンズには制裁金3000万円が科され、合わせて高校生ドラフトの上位2名の選手の指名権が剥奪されることとなったのだ。

 というのも、またもスカウト活動中にアマチュア選手7人とアマチュアチームの監督延べ170人に対して金銭を供与するなどの不正行為が行われていたことが発覚したからだ。球団側がこの件に関して会見したのはシーズン開幕前の3月で、この事件がきっかけとなり、裏金の温床となる懸念があるとして希望入団枠が、この07年のドラフトから廃止されることとなる。さらに、これまでは高校生だけに限られていたプロ志望届を、大学生も提出することが義務づけられている。

 そして翌08年からは高校生ドラフトと大学生・社会人ドラフトが再び統合され、一括開催になった。要は逆指名制度導入前に戻ったワケだが、それでも大学生・社会人の有望選手のなかには、どうしても希望球団に入りたいため、ある意味、物議を醸すケースが出てくるようになる。

 その中心にいたのが、やはり読売である。この08年のドラフトでは千葉ロッテマリーンズが、Honda硬式野球部の外野手・長野久義(広島東洋カープ)を2位で指名。本人は読売以外に指名された場合はプロ入りしない意思だったが、読売以外でも入団する見込みとの情報を得たロッテ側の強行指名であった。

 実は長野は日本大学時代の06年にも、北海道日本ハムファイターズから4巡目指名されているのだが、そのときもやはり読売への入団を熱望していたことから拒否した過去があった。当然、このときも入団拒否を貫くことになる。結果、09年のドラフトで読売から1位指名され、3回目のドラフトでようやく入団することができた。

 ちなみに、最多のドラフト入団拒否回数は、当時、社会人野球の日本鉱業佐賀関に在籍していた藤沢公也投手の4回である。また、藤沢はドラフト指名回数5回という最多記録もある。最初は1969年のロッテオリオンズ(現・千葉ロッテ)の3位指名の拒否から始まり、77年の中日ドラゴンズからの1位指名で、ようやく入団している。

読売ジャイアンツの情報戦

 話を戻そう。読売は10年のドラフトでも中央大学のエース・澤村拓一の単独指名に成功しているが、これは良くいえば情報戦の勝利、批判するなら一種のドラフト破りという感じであった。というのも、すでにドラフト前に、複数のメジャー球団からメジャー契約でのオファーもあり、読売以外に指名されたらメジャー挑戦するということを示唆する報道がなされており、他球団ファンからすればある意味、出来レースと捉えられたからである。メディアを使って希望球団を明かして入団拒否をちらつかせる手法は、実質的には逆指名と同じと批判したプロ野球関係者もいたほどだ。

 さらに翌11年には東海大学のエース・菅野智之がドラフトの目玉になっていた。当時も読売の監督であった原辰徳を伯父に持ち、菅野本人もかねて読売一本の願望を語っていたことから、読売の単独指名が確実視された。菅野本人も読売以外に指名されたら拒否し、社会人やメジャー、そして浪人という選択肢も視野に入れていることを明かしたと報じたスポーツ紙もあった。

 以上のことから読売の単独指名確実と思われたが、ここでまさかの球団が敢然と菅野を1位指名しにいく。日ハムである。結果、抽選で当りくじを引き当てたのは日ハムだった。会場はそれを期待していたかのような大歓声に包まれ、その瞬間から世論も菅野は日ハムに行くべきだという論調が8割以上を占めることとなるのである。

 プロ志望届を出した時点でプロ入りの意思を示したのだから、ドラフトで決まった球団に行くのがルールであって、それを拒否するのは“わがまま”にすぎないという論理である。それはこの前年の澤村も狙い通りの1本釣りに成功し、菅野も獲得する読売がドラフトをやりたい放題に荒らしているという事情に対する、他球団ファンの総意でもあった。

 だが、菅野はそんな世間の逆風をものともせず、当初からの意思を貫き、敢然と入団を拒否。結局、1年間の浪人を選択し、翌12年に晴れて読売から単独指名を受けて入団。今では日本球界を代表する大エースにまで成長したのである。

 こうして長野、澤村、菅野と次々に目玉選手の獲得に成功した読売だったが、これ以降は野球の神様の逆鱗に触れてしまったようだ。事実、14年の岡本和真、15年の桜井俊貴と2人の単独指名には成功しているが、13年と16~19年の4年連続を含む計5回、指名が競合した場合はくじを外してしまっているのだ。

 さらに、かつては人気球団の読売を熱望する選手が多かったが、近年では読売に固執する選手が少なくなっている。16年のドラフトで創価大学のエース・田中正義に5球団も重複指名し、その田中を外した球団の外れ1位でこれまた桜美林大のエース・佐々木千隼に史上初の5球団が重複したのが、その象徴ともいえる出来事であった。加えれば、12球団OKとは言いつつも、できればしっかりと育成してもらえる球団に入りたい、と考える傾向が強いようだ。

 今年のドラフトでは、読売は近大の大砲・佐藤輝明の指名が有力といわれているが、果たしてどうなるか。また、事件は起こるのだろうか。

上杉純也/フリーライター

上杉純也/フリーライター

出版社、編集プロダクション勤務を経てフリーのライター兼編集者に。ドラマ、女優、アイドル、映画、バラエティ、野球など主にエンタメ系のジャンルを手掛ける。主な著作に『テレビドラマの仕事人たち』(KKベストセラーズ・共著)、『甲子園あるある(春のセンバツ編)』(オークラ出版)、『甲子園決勝 因縁の名勝負20』(トランスワールドジャパン株式会社)などがある。

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