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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

半導体微細化競争のカギ握るEUV、サムスン電子がTSMCに勝てそうもない理由

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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サムスン電子本社(「Wikipedia」より)

サムスン電子の副会長がASMLを電撃訪問

 サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長は10月13日、オランダの半導体製造装置メーカーASMLを訪問し、同社CEOのPeter Wennink 氏およびCTOのMartin van den Brink氏らと会談したことを 「Business Korea」が報じた。ASMLは、最先端露光装置(EUV)を世界で唯一供給することができる製造装置メーカーであり、最近はEUVを何台導入できるかが、最先端の微細化競争の焦点となっている。
(拙著記:https://biz-journal.jp/2020/08/post_173690_2.html

 前掲Business Koreaには、「7nmまたは7nm以下のプロセス技術を使用して、最先端の半導体を製造するための鍵を握るEUV装置の供給計画について意見を交換した」とか「AIチップなどの将来の半導体の次世代製造技術の開発における協力、COVID-19危機のなかでの市場の見通し、およびCOVID-19後の将来の半導体技術戦略についても話し合った」ということが書かれている。

 しかし、李副会長のASML訪問の目的は、そのような意見交換や話し合いをすることではないと思う。では、真の目的は何かといえば、次の2点であると筆者は予測している。

1.サムスン電子にもっとたくさんEUVを供給してほしい

2.サムスン電子に導入したEUVを使いこなせるように協力してほしい

 EUVを用いた最先端の微細化では、TSMCが世界トップを突っ走っている。半導体メモリのチャンピオンであるサムスン電子は、ロジック半導体のファンドリー分野でも、2030年までにTSMCに追いつく計画を立てた。しかし現状では、計画通りの台数のEUVを導入することができず、また、すでに立ち上げたEUVを適用した量産ラインを使いこなせているともいいがたい。その結果、TSMCとの差は開く一方である。

 そのため危機感を募らせたサムスン電子の李副会長がASMLとトップ会談を行い、EUVの供給およびEUVの量産適用について、ASMLに助けを求めたのではないかと筆者は予想する。

 本稿では、まず、最先端の微細化の状況を復習する。次に、ASMLによるEUVの供給がまったく足りていない現状を説明する。さらに、TSMCに比べると、サムスン電子はEUVを使いこなすことができていないことを論じる。その上で、李副会長のASML訪問が奏功するかどうかについて私見を述べる。結論を先取りすると、筆者は、EUVにおいてTSMCに対するサムスン電子の劣勢は動かしがたく、李副会長の電撃訪問によっても、その状況を挽回することが困難であると考えている。

ロジック半導体の最先端の状況

 図1に、ロジック半導体とファンドリーの微細加工技術のロードマップを示す。図中の〇、△、×は筆者がつけたマークである。その意味は、以下の通りである。

〇:その微細加工技術のR&D(研究・開発)が完了していること、そして量産が開始されていること、または量産がスムーズに立ち上がると予測されることを示す。

△:その微細加工技術のR&Dはある程度できているかもしれないが、充分に量産体制が立ち上がっているとはいえない状況を示す。

×:その微細加工技術のR&Dが完了していないか、または、ある程度R&Dのメドがついていたとしても、量産体制が立ち上がっていない状況を示す。

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 世界の微細加工技術の先頭を快走するTSMCでは、2019年にEUVを孔に適用した7nm+の量産が立ち上り、20年は配線層にもEUVを適用した5nmの量産が開始されている。また、3nmのR&Dも完了しており、21年にはリスク生産が開始される。さらに、TSMCは24年に向けて2nmの装置や材料選定を本格化しており、今のところ順調に推移していると聞いている。このように、TSMCの微細化はコロナ禍にあってもなんら問題ないどころか、むしろ加速しているようにすら見える。

 これに対して、サムスン電子はどうか。サムスン電子は19年7月2日、新型スマートフォンGalaxy Note 10用プロセッサExynos 9825を、EUVを用いた7nmで製造したことを発表した。その後も、19年後半に6nm、今年は5nmと、微細化の数字だけを見れば、TSMCに対して引けを取っているようには見えない。しかし筆者は、サムスン電子の7nm、6nm、5nmには、△をつけている。

 その根拠は、サムスン電子のEUV技術がTSMCほど成熟しておらず、歩留りも良くないため、EUVを使って大量生産を行っているとはいいがたいからである。その証拠に、サムスン電子は、画像プロセッサGPUで世界を席巻しているNVIDIAの7nmビジネスを失注したらしい(大原雄介著『SamsungがNVIDIAの7nm EUVを失注/5nmレースの行方』、2020年6月10日)。

 このように、EUVに関してTSMCとサムスン電子の明暗が分かれてしまったが、その差は何に起因するものなのだろうか。

TSMCはどのような準備を経てEUVの量産適用を実現したか

 新しい製造装置を使いこなすには、相当の時間がかかる。特に、世界で最も精密な製造装置である露光装置を使って半導体の量産に漕ぎつけるには、バグ出しにとてつもない時間がかかる。

 例えば、筆者が現役の半導体技術者だった1990年代初旬に、水銀ランプのi線を使った露光装置から、KrFエキシマレーザーを光源とする露光装置へ切り替える際には、5~6年の歳月を要したと記憶している(図2)。それほど、新しいシステムを使いこなすには時間がかかるということである。

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 そして、KrFからArFドライおよびArF液浸を経て、2019年にEUVの時代が到来した。この最先端露光装置EUVを使いこなすために、TSMCはどのような準備を行ったのか。TSMCには、EUVの量産適用の準備に5~6年もかける余裕はない。では、TSMCはどうしたのか。

 複数の関係者の情報を総合すると、TSMCは18年に7~8台のEUVに毎月6~8万枚のウエハを投入してバグ出しを行い、量産適用のトレーニングを実施した模様である。毎月最大8万枚とすると、TSMCは1年間で100万枚弱のウエハをEUVに投入し、これらをすべて廃棄処分にしたことになる。このような膨大な準備を基にして、19年にやっと孔だけにEUVを適用した7nm+プロセスで、ファーウェイのスマホ向けの最先端プロセッサを製造することができたのである。

サムスン電子のEUVの状況

 量産適用には膨大な時間と膨大なウエハが必要となるEUVについて、サムスン電子は、どのような状況なのだろうか。サムスン電子は18年、ファンドリーの拠点となっている華城(ファソン)半導体工場に8台のEUVを導入した

 しかし、ファンドリーの規模でみると、12インチウエハ換算で、TSMCが月産120万枚以上あるのに対して、サムスン電子は(正確にはわからないが)30万枚程度しかないと思われる。そして、この程度の規模で、いきなりEUVを適用したら、ロジック半導体が全滅する可能性が高い。

 そこで、サムスン電子はEUVのトレーニングを行うために、巨大なDRAM量産工場を借りていると複数の関係者から聞いている。サムスン電子は月産約50万枚の巨大なDRAMラインを持っている。そのうち、月産3000枚~最大1万枚をEUVの練習用に間借りしているという。

 サムスン電子が最先端のDRAMにEUVを適用しているという複数の報道があり、サムスン電子自身も2020年5月20日のニュースリリースで、「EUVで製造した第4世代の10nmクラスDRAMの出荷個数が100万個に達した」と発表している。

 しかし、これを真に受けるわけにはいかない。現在、DRAMは12インチウエハ1枚に1500個くらい同時に製造される。したがって、そのウエハ枚数は100万個÷1500個/枚=667枚となる。歩留り80%と仮定すると、その枚数は、100万個÷(1500個/枚×80%)=833枚になる。つまり、100万個のDRAMは、月産約50万枚もの巨大なDRAMラインで、千枚にも満たない規模なのである。割合にしてたったの0.17%しかない。したがって、サムスン電子が「EUVを使って製造したDRAMを出荷した」ことは間違ってはいないが、業界の常識に照らし合わせると、「EUVをDRAMの量産に適用した」とはとてもいえない。

 この状況は、「サムスン電子は、ロジック半導体にEUVを量産適用したいが、その練習場所が確保できないので巨大なDRAMラインをちょっと間借りした結果、たまたま100万個ほど動作するDRAMができてしまった」と見るべきであろう。TSMCと比較すると、お寒い限りの話である。

EUVの台数で大差がつきつつある

 ここまで説明したように、EUVを使いこなす成熟度において、TSMCとサムスン電子には雲泥の差がある。しかしそれでもなお、サムスン電子は2030年までにファンドリー分野でTSMCに追いつくという目標を掲げ、実行しようと努力している。そのため、ファンドリーの拠点の華城(ファソン)ではなく、メモリの拠点の平沢 (ピョンテク)にEUV専用棟を建設し、2025年までに100台規模のEUVを導入することを目指しているという。

 ところが、その計画が暗礁に乗り上げている。その理由は、ASMLのEUV製造キャパシティが、半導体メーカーの発注台数にまるで追いつかないからである(図3)。

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 世界で唯一EUVを製造することがきるASMLは、16年に5台、17年に10台、18年に18台、19年に26台のEUVを出荷し、20年は36台の出荷を見込んでいる。ところが、受注残が次第に膨れ上がり、20年第2四半期時点で56台に達した模様である。

 そして筆者の予想では、20年にASMLが出荷する36台のEUVは、そのほとんどがTSMCに導入されると見ている。もし、サムスン電子に導入されるEUVがあったとしても1~2台程度かもしれない(図4)。その結果、20年末時点で各社のEUV累積保有台数は、TSMCが61台、サムスン電子が多くても10台ではないかと推測している。

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 その後も、TSMCがEUVを毎年20~30台程度導入し、25年末には約185台以上を保有すると予測している(注)。一方、サムスン電子も25年末に約100台のEUVの導入を目指しているが、ASMLにおけるEUVの製造能力を考えると、相当難しいと思われる。

(注)原稿執筆後に行った調査により、2025年末にTSMCが保有しているEUV台数は185台よりはるかに多いことが判明した。

今後の展望

 このように、サムスン電子は、EUVを使いこなすこともできていない上に、今のままでは台数も確保できない。手を拱いていれば、TSMCとの差は年々拡大していくだろう。この危機的状況を打開するために、冒頭のBusiness Koreaの記事にあるように、サムスン電子の実質的トップである李副会長が、ASMLのCEOとCTOに直談判に行ったのではないか。その内容は、「サムスン電子にもっとたくさんEUVを供給してほしい」ということと、「サムスン電子に導入したEUVの量産適用に協力してほしい」という懇願ではないか。

 しかし、ASMLにとって最重要顧客はTSMCである。18年の1年間を費やして最大約100万枚ものウエハを投入してバグ出しを行い、それをASMLにフィードバックしてEUVの改善・改良を行って、本当に7nm+や5nmで半導体を大量生産している。今後も3nmや2nmの量産が待っている。アップル、AMD、Qualcomm、NVIDIA、もしかしたらインテルまでもが、TSMCの最先端プロセスを当てにしている。ASMLのEUVはTSMCの最先端プロセスに間違いなく適用され、進化していくのである。

 サムスン電子のトップが電撃訪問したからといって、ASMLがホイホイとTSMCを蔑ろにしてサムスン電子になびくとは思えない。といっても、この世界では、いつ、何が起きるかわからない。今後のTSMC、サムスン電子、そしてASMLのEUVの動向に注目しよう。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

【お知らせ】

2020年11月11日(水)、サイエンス&テクノロジー主催のセミナーにて、『コロナで変化が加速した世界半導体産業の《最新動向》 生きるか死ぬかを左右する知恵と情報の羅針盤』のタイトルで講演します。会場受講を15人に限定し、Live配信およびアーカイブ配信により、自宅や会社で受講できるようにしました。多くの皆さまのご参加をお待ちしております。

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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