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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ハーバード大学も財政危機の兆候…学生ローン膨張、学生ホームレスが27万人の州も

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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ハーバード大学(「Wikipedia」より)

 米ハーバード大学は10月22日、「2020年会計年度(2019年7月~2020年6月)は1000万ドルの赤字となった」ことを明らかにした。2021年度も赤字の見通しだという。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が大学の経営を直撃している。

 8月に公開された民間調査によれば、米国の大学の約4分の1が財政危機の兆候を示しているが、その要因は学生数の減少である。米国の民間調査会社が10月上旬に発表したデータによれば、今年秋に4年制大学や短期大学に入学した学生数は、昨年から16%減少し、在籍者数全体では4%減少した。留学生の数も大幅に減っている。

 今年3月、米国の大学は規模の大小を問わず、ほぼ一夜にしてオンライン授業に移行せざるを得なくなり、現在に至っている。その間、キャンパスに学生を受け入れた大学もあったが、新型コロナウイルスの感染が広がり、オンライン授業に戻らざるを得なかった。

 対面授業や課外活動、その他のキャンパスライフに付随するメリットが享受できない状況に直面した多くの学生が「高額な授業料を払ってまで大学で学ぶ価値はない」と判断したとされている。

 米国では大学卒業の資格を持たない人々は出世の階段そのものから閉め出されてしまうことから、「大学に進学しない」という選択肢はこれまではあり得なかった。だが、学歴が生涯賃金と連動するようになったことで、米国の大学の授業料は過去40年間に6倍以上に高騰したことから、コロナ禍で脱落者が相次いでいるのである。

学生ローンが次の金融危機の引き金に?

 大学教育が高くつく理由としてまず挙げられるのは、多くの大学がキャンパスなどの施設に高額な投資を行っていることである。大学の立地場所が良いことから地価も高い。だが大学教育にこのような施設は必要ではないだろう。美しいキャンパスにいるからといって良いアイデアが思い浮かぶわけではない。欧州の大学のキャンパスは米国に比べてはるかに質素である。大学教授の賃金がパートタイムとしては世界で最も賃金の高い仕事の一つであることも影響している。

 ハーバード大学に通うためにかかる費用は、授業料、部屋代、食費を含めて年間約7万ドル、教科書、健康保険、その他の必要経費を含めると8万ドル近くになる。ロースクールやビジネススクールに通うにはさらに多くの費用がかかる。

 このため学生の7割近くがローンを借りる事態となっている(借金の額の平均は約3万5000ドル)。大学の学費のために借金すると、卒業後すぐに高給の仕事に就き、「上流階級」の仲間入りをしない限り、長期にわたって借金苦に陥ることになる。リーマンショック以降の卒業生が稼ぐ給料は少なく、新たなサブプライム(信用力の低い)階級が生まれつつある。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)が10月21日に公表したレポートによれば、昨年のカリフォルニア州の学生ホームレス数は26万9000人を超えており、今後もさらに増加する見通しであるという。学生ローンを借りることは一種のギャンブルになってしまったのである。

 2019年末の学生ローンの総額は1兆5600億ドルにも上っている。2008年の金融危機の時のサブプライム住宅ローンの総額が1兆3000億ドルだった。サブプライム住宅ローンを組み込んだデリバティブ商品が販売されたように、学生ローンでも同じことが行われている。サブプライム住宅ローン市場の拡大に寄与したのは、ファニー・メイとフレディ・マックの連邦金融機関だったが、学生ローン市場の急拡大に一役買っているのは学生ローン版の連邦機関であるサリー・メイである。

 サブプライム住宅ローンと同様の構図になっていることから、コロナ禍の影響で学生ローンが次の金融危機の引き金になるのではないかとの懸念がある。

富の格差への不満

 大学が米国社会に与える悪影響はこれだけではない。英ケンブリッジ大学が最近発表した研究によれば、民主主義に対する若年層の満足度が過去100年で最低となっているという。その理由は富の格差である。米国のミレニアル世代(1981年から1996年生まれ)は、国内の労働人口としては最大の比率(7200万人)を占めるが、所有する資産は国全体の4.6%にすぎない(10月16日付ニューズウィーク)。

 一方、1946年から1964年に生まれたベビーブーマー世代は米国全体の資産の半分以上を所有し、その平均の額はミレニアル世代の10倍である。若年層が年長の世代より金がないのは当然だが、1989年に働いていた30代のべビーブーマー世代は、現在の30代のミレニアル世代の約4倍の資産(21%)を持っていた。新型コロナウイルスのパンデミックで、もともと大きかった米国内の資産格差はさらに拡大している。

 10月10日付コラムで「米国の危機の主な要因は、『イデオロギーや政治に無関心な専門家の手に政府の運営を委ねられるべきである』とするテクノクラシーの蔓延にある」と指摘したが、専門性や資格を生み出し、資格に基づく階層をつくり出している大学は、テクノクラシーを支える屋台骨である。だが、多額の借金を抱える若者が親の世代のように報われることはない。アメリカンドリームは消滅の危機にあり、若者の不満が爆発寸前なのは当然だろう。

 このように、大学が2020年代に起きると予想される米国社会の危機の震源地になってしまったのである。現下の大統領選挙活動を通じて米国における分断がさらに深刻になっているが、問題の本質である大学の問題にメスを入れない限り解決することはないのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

(参考文献)

『2020-2030 アメリカ大分断 危機の地政学』(ジョージ・フリードマン著/早川書房) 

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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