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乾汽船を異常なほど執拗に攻撃する“正体不明の投資ファンド”…狙われる不動産リッチ企業

文=松崎隆司/経済ジャーナリスト
乾汽船を異常なほど執拗に攻撃する“正体不明の投資ファンド”…狙われる不動産リッチ企業の画像1
乾汽船株式会社 HP」より

 東証1部に上場する乾汽船の支配権をめぐって、同社と正体不明のアクティビストファンドとの間で熾烈な争いが続いている。本尊をひた隠しにする投資ファンド、アルファレオホールディングス(HD)が執拗に「買収防衛策」の廃止と役員の解任を求めており、11月4日に臨時株主総会が開かれる。

 アルファレオHDの乾汽船に対する執拗な攻撃は昨年から続く。アルファレオHDは株主として自らが招集した今年5月7日開催の乾汽船臨時株主総会で、わざわざ現経営陣を批判する動画まで制作し、来場した株主向けに放映した。翌8日には、「2020年5月7開催の乾汽船株式会社臨時株主総会までの経緯をまとめた動画」というタイトルでその動画をYouTubeに公開した。

 乾汽船は「一つ一つ訂正しきれないほど事実誤認が多い」と即座に反発。アルファレオHDは、これまでに社長をはじめ取締役や監査役の解任を繰り返し要求し、他の株主からの賛同が得られず、何度も株主提案が退けられながらも、攻撃の手を緩めない。経済紙記者も「異常な攻撃ぶりに、機関投資家をはじめ、他の株主はついていけない」と漏らす。

 傍目には異常に映るこうした攻撃の狙いはいったいなんなのか。そして、アルファレオHDとは何者なのか。

 乾汽船は1904年に乾新兵衛が購入した中古船からその歴史が始まる。その後、1908年に乾合名会社(のちの乾汽船)、25年に関東土地(のちのイヌイ倉庫)を創設し、新兵衛は倉庫事業と海運事業を展開。新兵衛は神戸5人男と呼ばれるようになる。52年に東証に上場。2014年にはイヌイ倉庫と乾汽船は合併し、現在の乾汽船に至る。

 乾汽船の業績は、近年、構造不況ともいえる海運事業が足を引っ張るが、その実、東京湾岸エリアの勝どき・月島には広大な不動産を保有しており、湾岸エリアを中心に開催予定の東京オリンピックの影響もあり、不動産価格が高騰。足下の業績が振るわず株式時価総額は250億円程度なのに対し、保有不動産の価値は優に600億円を超える隠れた優良企業だ。

 そんな乾汽船に目を付け、19年に筆頭株主として浮上したのが、これまで無名だったアルファレオHDだ。現在の保有株式総数は756万株で、全株式の30.34%に相当し、断トツの筆頭株主となっている。

裏にはバッファロー創業家2代目社長

 東京永田町の山王パークタワーに拠点を置くこの投資ファンドは背後関係を執拗に隠しているが、すでに本誌が報じている(https://biz-journal.jp/2019/11/post_126184.html)通り、アルファレオHDを実質的に保有・コントロールしているのは、通信機器のバッファローや流水麺で有名なシマダヤを子会社に持つ東証1部上場のメルコホールディングス創業家の若き2代目社長、牧寛之氏である。

 バッファローといえば、創業の地・名古屋を中心に名経営者として尊敬を集めた故牧誠氏が創業した通信機器大手で、足下ではコロナ禍の在宅ワークによる特需もあり、業績は好調。バッファローは、ソニーグループのソニー・インタラクティブエンタテインメントとも協業して新商品を発表するなど、牧氏の表向きのビジネスは好調だ。

 そのメルコHDの牧寛之社長の資産管理会社、マキスは、乾汽船に徹底攻撃を仕掛けるアルファレオHDの代表社員として登記されており、マキスに所属する渡邊章行氏が職務執行者となっている。渡邊氏は牧誠氏の代からメルコHDに仕えていた古参社員だ。

 アルファレオHDの実質支配者である牧寛之氏は、創業者の牧誠氏の次男だ。京都大学経済学部を03年に卒業。在学中から金融に興味を持ち、創業家の資産運用を行うヘッジファンドをシンガポールを拠点に立ち上げ、その運営を行ってきた。その後、11年にはメルコHDの取締役、14年には社長に就任。18年にはバッファロー社長に就任。18年4月に牧誠氏が他界したのを機に、経営の実権を完全に握るようになる。

アクティビストに変貌

 すると牧誠氏の時代から乾汽船に投資してきた資産管理会社も、これまで純投資のスタンスから突然アクティビストに豹変する。18年6月には、乾汽船の定時株主総会で自社株買いの株主提案を行い、19年2月には帳簿の閲覧・謄写請求を行うなど存在感を示し始めた。その後も乾汽船株式をどんどん市場で買い漁り、筆頭株主に躍り出た。

 これに対して、乾汽船の経営陣は19年6月の定時株主総会で買収防衛策を提案、出席株主の過半数の賛成を得て承認された。その買収防衛策とは、30%以上の株式を取得した大規模買付行為を対象に、最長60日間を期限に情報提供を求め、その情報を基にグリーンメーラー(株価を吊り上げて会社に買い取らせる株主)、会社の重要な情報や資産を焦土経営、会社資産の流用など会社や他の株主の利益を損ねる行為を目的とする場合には、対抗措置をとるというものだ。

 これにアルファレオHDがかみついた。同年9月には、臨時株主総会の招集を請求し、(1)取締役の報酬引き下げ、(2)特別配当、(3)乾康之取締役の解任、(4)自己株式の取得とともに、(5)買収防衛策の廃止を求めた。

 乾汽船の経営陣は、これらの株主提案のうち、(5)買収防衛策の廃止については適法性に問題があるとして臨時株主総会に付議しないことを決定。アルファレオHDは10月11日、「本買収防衛策の廃止」を議案とする臨時株主総会の招集許可申し立てを行った。

 会社側は昨年11月4日に開催された臨時株主総会には「買収防衛策の廃止」以外の(1)から(4)までの議案を上程し、アルファレオHD以外の多くの株主の賛同を得て、いずれも否決された。

 しかし、それもつかの間、アルファレオHDは攻撃の手を緩めない。同年12月3日には、買収防衛策廃止の議案を株主総会に付議しなかったことを理由に、乾康之取締役の解任請求訴訟を提起。さらに今年3月6日には、買収防衛策の廃止を議案とする株主総会が裁判所により招集許可決定された。

 5月7日を開催日として、アルファレオHDによって臨時株主総会が招集されたが、新型コロナウイルスの感染拡大防止を理由に、総会の場に出席できる株主数をアルファレオHD自身を含めて3名のみに限定し、さらにアルファレオHD以外で出席できる2名については抽選で選ぶといった強硬手段に打って出た。つまり、会社側に賛同する委任状を持参する株主が実質的に総会に出席できない可能性が極めて高くなるというものだ。

 これに対して、乾汽船の監査役は4月24日、アルファレオHDが行おうとしている決議方法に法令違反または著しい不公正があり、かつ、それにより乾汽船に著しい損害が生ずるおそれがあるとして、臨時株主総会開催禁止の仮処分を申し立てた。

 最終的には裁判所から示された和解案でアルファレオHDと和解。5月7日にはアルファレオHDが招集し議長を務めるかたちで臨時株主総会が開かれ、「会社防衛策の廃止」が付議された。この会場で、冒頭で触れた動画が出席株主向けに放映され、アルファレオHDは現経営陣に対する徹底批判を展開した。しかしながら、これほどまで工作をしながら、株主の過半数の賛成が得られず「買収防衛策廃止」の議案は否決された。

乾康之社長を批判する動画を公開

 ここで買収防衛策に対する株主の意思が明確になったはずだが、アルファレオHDはこれに飽き足らず、攻勢はさらに勢いを増す。総会翌日の5月8日には動画がYouTubeで公開された。

 この動画のなかでは、次のように乾康之社長を徹底的に批判した。

「乾康之が私物化のために不適切な会計処理をやっているのではないかという疑念を持つにいたった」

「乾康之を含む乾汽船の取締役が買収防衛策を臨時株主総会に付議しなかったことは違法であることが裁判所によって確認されたのです。また乾汽船はアルファレオが株主権を乱用していると主張しましたが、東京地裁はこの主張を排斥しました」

 会社側は即座に反論。アルファレオHD側の「主張・事実認識は、あまりにも多くの誤りを含むものであり、その数が多すぎるため、当社として、本書においてその一つ一つについて個別に訂正することは控えます」としている。

 さらに、臨時株主総会に先立つ4月16日には、6月4日に予定されている定時株主総会に、(1)定款の一部変更(巨額損失や不正会計が発覚した場合には役員報酬を返還するクローバック条項の導入、(2)監査役3名の解任、(3)政策保有株式の売却にかかる定款変更、(4)第三者割当増資の制限に関する定款変更という4つの株主提案を提起していた。

 こうした主要株主の動きに対して、乾汽船の従業員組合らが声を上げた。アルファレオHDについて、「純投資でないことは客観的事実から明らか」とし、乾汽船の取締役会に対して、アルファレオHDが何者であり、乾汽船に何をしようとしているのかを明らかになるような必要な措置を講じるよう求めた。

 その声明文では、アルファレオHDに対して厳しい言葉が並ぶ。

「アルファレオ社の行為は、我々乾汽船またはその関連会社で働く者から見て、違法ではないかもしれませんが、異常だと考えます」

「純投資株主が任期途中の乾康之社長解任等を求めるような行為は尋常ではなく、我々社員の就労や生活に大きな不安をもたらしています」

「極めつけは、今回の臨時株主総会を巡る騒動です。COVID-19に揺れる社会情勢に付け込み、他の株主及び発行体会社を徹底して軽視した臨時株主総会の運営方法を巡る主張や考え方は、正気の沙汰とは思えません」

「これまでの社会常識から逸脱した行為は、少なくともこの1年において、当社および関連会社の事業環境を悪化させ続けています」

 こうした従業員の声を受け、乾汽船はアルファレオHDに対して同社の情報提供の要請や建設的な対話を行うことを求める承認議案を定時株主総会に上程することを取締役会で決議した。

株主提案4つはすべて否決

 これに対してアルファレオHDは6月5日に取締役違法行為差し止めの仮処分を申し立てた。申し立ての理由は「情報提供要請は法令違反に該当するため、(i)当該要請(ii)当該要請を総会議案に追加すること、(iii)情報提供の不十分さを理由に差別的行使条件付きの新株予約権の無償割当を行ってはならない」というものだ。

 簡単にいうと、自分たちを買収防衛策の対象にするなということだ。ところが裁判所は16日、この仮処分命令の申し立てを却下。17日にはアルファレオHDが即時抗告するが18日には棄却。19日の定時株主総会では、情報提供要請に関する議案が承認され、アルファレオHDが提出していた株主提案4つはすべて否決された。

 しかしアルファレオHDはまだあきらめなかった。今度は19年10月7日の取締役会で「買収防衛策の廃止」を取り上げなかったことを理由に、加島昭久監査役と山田治彦監査役の解任請求訴訟を提起した。議案自体は上述のように和解の上で、今年5月7日の臨時株主総会で決議され、否決されているにもかかわらずだ。

 会社側は7月30日、定時株主総会の決議に従い、アルファレオHDに情報提供要請に基づく最初の質問状(中身)を送付。8月31日にはアルファレオHDから質問状の回答が寄せられたが、ここには第100回定時株主総会における会社提案議案に関する各決議の取り消しを求める訴えを提起したことを理由に回答を控えた。そして8月28日には総会決議取消訴訟を提起。9月8日には臨時株主総会の招集を請求し、(1)弁護士法人御堂筋法律事務所社員で社外取締役の川﨑清隆氏の取締役解任、(2)買収防衛策の廃止を株主提案として提起した。

「アルファレオHDの主張はまったくの事実無根。乾社長が会社を私物化しているといったころはなく、株主総会は適法に行われています。アルファレオHDはこれまでにも何度となく裁判を起こし、再三にわたって裁判所に却下されている。会社としては多くの株主の立場を考え、最善の対応を取っている」(乾汽船関係者)

 乾汽船の株価純資産倍率は1.21倍程度。一株当たりの純資産の割合だが、1倍前後の会社はキャッシュリッチだったり、豊富な含み資産を持つ企業が多く、乗っ取りの対象になりやすい。

 乾汽船もまた勝どき・月島に巨大な不動産を持っていることから乗っ取りの対象にもなりやすい。そのため乾汽船の事業より、買収し不動産の転売や会社を解体して不動産だけを手に入れるような会社が出てくおそれがある。つまり既存株主にとっても大きな損失を被るリスクを抱えているわけだ。慎重に対応したいものだ。

 11月4日、果たしてどのような結果となるのか。

(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)

松崎隆司/経済ジャーナリスト

松崎隆司/経済ジャーナリスト

1962年生まれ。中央大学法学部を卒業。経済出版社を退社後、パブリックリレーションのコンサルティング会社を経て、2000年1月、経済ジャーナリストとして独立。企業経営やM&A、雇用問題、事業継承、ビジネスモデルの研究、経済事件などを取材。エコノミスト、プレジデントなどの経済誌や総合雑誌、サンケイビジネスアイ、日刊ゲンダイなどで執筆している。主な著書には「ロッテを創った男 重光武雄論」(ダイヤモンド社)、「堤清二と昭和の大物」(光文社)、「東芝崩壊19万人の巨艦企業を沈めた真犯人」(宝島社)など多数。日本ペンクラブ会員。

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