
本連載前回記事『オーケストラ、縁の下の敏腕職人「ライブラリアン」とは?膨大な知識量&抜群の対応力』では、ヨゼフ・シュトラウスの楽曲『鍛冶屋のポルカ』で、鍛冶屋が鉄を鍛えるのに使う金づちと金床を楽器として使用していると紹介しましたが、実はこれらの鍛冶屋の道具は、ドイツのワーグナーがオペラ『ラインの黄金』や、イタリアのヴェルディもオペラ『トロヴァトーレ』など、オペラ本場の両国を代表する作曲家も使用しています。
クラシック音楽というのは、生真面目なイメージを持っている方も多いかと思いますが、それは整然と並べられた高級そうな観客席の椅子だけで、実はおもちゃの鳥笛を吹いたり、教会の鐘を叩いたりと、なんでもありなのです。
以前、ノルウェーの現代音楽祭で新しい作品を指揮していた際、打楽器奏者が口にくわえたホースを、水を張った桶に突っ込み、息を吹き込んでブクブクと音を立てている時には、打楽器奏者もいろんなことをしなくてはならなくて大変だなと思いました。
ほかに意外な物を楽器にした曲としては、アメリカの作曲家、ルロイ・アンダーソンの『タイプライター』があります。21世紀の現在では使われなくなりましたが、作曲された1950年当時のオフィスでは、タイピストがタイプライターで文字を起こしていたのです。その事務機器であるタイプライターをステージに持ってきて打楽器奏者が演奏するのです。
同曲はアンダーソンの有名曲のひとつになりましたが、タイプライターをオーケストラ楽器として使うなんて、その発想力には驚くばかりです。ほかにも、紙やすりを楽器にした『サンドペーパー・バレー』という曲まであり、アンダーソンは奇抜なアイデアいっぱいの作曲家なのです。
そんな“なんでもあり”のクラシックで、とんでもない発想に驚くしかないのは、19世紀後半から20世紀初頭にウィーンで活躍した作曲家、グスタフ・マーラーの交響曲第6番『悲劇的』です。打楽器奏者が用意するのは、杭を地面に打ち込むための木製ハンマー。それを、打楽器奏者は体全体を使ってホールの床に叩きつけて音を出します。
オーケストラが演奏している楽音とはまったく違った、すさまじい強打音がホール全体に響き渡りますが、ハンマーは叩くためのバチでしかないため、実際の楽器はホールの舞台全体で、ものすごいスケールです。このマーラーは、鈴や牛の首につけるカウベルまでも楽器として使用しており、オーケストラの打楽器奏者は、楽器店だけではなく金物屋から家畜の用具店まで、街中を走りまわって探さなくてはならないでしょう。
以前にも本連載で書きましたが、チャイコフスキーの『1812年』では本物の大砲を使用していますし、あのベートーヴェンでさえ打楽器奏者に銃を撃たせるなど、実はクラシック音楽はぶっ飛んでいるのです。