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丸の内の三菱村がTOBで転売屋に乗っ取られる?日本に敵対的企業買収がなじまないワケ

文=菊地浩之
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国内不動産最大手の三井不動産が、株式会社東京ドームをTOBで買収するとの発表があった。買収額は1205億円。(写真はGetty Imagesより)

 11月27日、三井不動産東京ドームTOBで買収すると報じられた。

 意外に知られていないと思うのだが、東京ドーム球場の運営主体は株式会社東京ドームであり、三井不動産が株式会社東京ドームを企業買収することによって、東京ドーム球場とその周辺の運営に乗り出すということだ(ちょうど、東京ディズニーランドの運営主体が株式会社オリエンタルランドであるのと同じ理屈である。ちなみに、オリエンタルランドを設立し、現在もその大株主であるのは三井不動産だ)。

 最近よく耳にするようになったTOB(Take Over Bid)とは「株式公開買い付け」のことで、「企業買収」と意訳される。

 通常、企業を買収する場合、(通常の売買で)株式市場から株式を買うか、個々の大株主に株式の譲渡を打診するしかない。このやり方だと、ことによってはかなりの長期戦になる場合も多い。そこで、期限を短期間で区切って、「今の株価より高値で――具体的に1株XXXX円――で買うから売ってくれ」と宣言して、買収してしまうのがTOBである。

 先日の島忠を巡るニトリとDCMの間の争奪戦のように、「あっちが1株4200円なら、こっちは1株5500円出すから、こっちに売ってくれ」というような買収合戦が起こることもある。経営陣が納得して買収される場合を「友好的TOB」、その逆を「敵対的TOB」という。

 敵対的TOBをしかけられた会社を助けようと、友好的TOBを提案する会社(もしくは人物)を「ホワイトナイト」という。このように、専門用語というか、ギョーカイ用語が多いのもTOBの特徴である。TOBの盛んな欧米ではTOBが、プロジェクトというか、イベント化していた証左であろう。

日本のTOBは、「事業継続」を考えている健全買収

 今回の東京ドームの報道を見ても、日本のTOBはつくづく健全だなぁと思う。

 買収される企業の事業継続を前提として、買収する企業のノウハウによる相乗効果を狙ったものだからだ。

 フラットに考えてほしい。

 東京ドーム球場の所在地は東京都心の一等地、しかもかなりまとまった土地である。更地にして売却するもよし、他の商業施設やマンションを建てるもよし。要は、買った値段以上の売り上げがあれば商売としては上首尾なのだから、球場経営にこだわる必要はないのである。そもそも今回TOBの話が持ち上がったのは、メインのプロ野球観戦が下火になってきたからじゃないのか? 三井不動産としてはさんざん考えた末の結論なのかもしれないが、そんな選択肢はおくびにも出さない。それはやっぱり、東京ドーム球場を単なる不動産としてではなく、事業として見ているからだろう。さすがである。

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東京駅丸の内の様子。現在、このあたりの不動産は三菱地所のものだが、終戦後しばらくは陽和不動産、開東不動産という会社が所有していた。(写真:Getty Imagesより)

戦後のドサクサのなかで、丸の内一帯を所有する三菱系の会社を乗っ取ろうとした豪勢な話

 しかし、日本における過去の企業買収がみんなそうだったかというと、そんなことはない(TOBではない、株式市場での通常売買の話だが)。特に戦後の混乱期はひどかった。

 終戦後の日本は、1年で物価が2倍にも3倍にもなるハイパーインフレのただなかにあり、商店主などが「俄(にわか)成金」になった。たとえばである。印刷業者が100万円分の用紙を購入して、1年寝かせて闇市(やみいち/正規でない販売ルート)で販売すれば、200万円になるのである。

 そこに目を付けて、銀座の商店主を集めて企業買収を試みた者がいた。その男は藤綱久二郎(ふじつな・きゅうじろう)という。藤綱はなんと、丸の内一帯の不動産を所有する三菱の会社を乗っ取ろうとしたのだ。

 現在、丸の内一帯の不動産は三菱地所が所有しているが、終戦直後は陽和不動産、開東(かいとう)不動産という耳慣れない会社が持っていた。どういうことかというと、戦前、丸の内一帯の土地は、三菱本社という三菱財閥の持株会社が所有していた。ところが、戦後の財閥解体で三菱本社は解散させられる。そこで三菱グループは、不動産会社を新設して、所有する不動産をその会社に移転した。ところが当時は規制が厳しく、新設する会社の資本金はかなり低めの上限が決められていた。そこで三菱グループは、やむなく新設会社を2社に分割して不動産を現物供与した。それが、陽和不動産、開東不動産というわけである(この社名は、三菱財閥の主・岩崎家別荘の名前から付けられた)。

 資本金が少なく、莫大な含み益を持つ不動産を所有している会社。乗っ取り屋から見れば、こんなおいしい物件はない。1952年、藤綱は銀座の商店主を動員して、35%もの株式を買い占めた。

 藤綱はもともと証券取引所の警備員をやっていた男で、不動産経営に興味があるわけではない。目的は転売に違いない。三菱グループは慌てに慌て、長老たちが対策に乗り出し、三菱銀行が三菱グループ各社に融資して、そのカネで藤綱の持つ株式を高値で買い取った。その後、三菱地所に陽和不動産、開東不動産を吸収合併させて、三菱地所は「丸の内の大家サン」と呼ばれるようになったのである。

乗っ取り屋による企業買収が成立してしまった悲劇

 一方、高値で買い戻しを狙った乗っ取り屋も少なくなかった。

 悲劇なのは、そんな乗っ取り屋の企業買収が成功してしまった場合である。

 1951年、大阪製鎖(せいさ)製造という上場企業が株式買い占めに遭い、買い占めが成功してしまったのだ。

 乗っ取りグループは早速経営陣を追い出して、自らが社長以下、専務、常務のイスに座ったのだが、そんな連中にメーカーを経営していく能力なんてあるわけがない(ないから、乗っ取り屋をやってるんだ)。大阪製鎖製造はたちまち経営不振に陥り、工場を他メーカーに売却して売り上げを計上。当然そんな会社は金融機関や取引先から見放され、3年後には不渡り手形を出して銀行主導で再建が進められ、結局、1956年に神戸製鋼所に事実上売却された。

ハイリスク・ハイリターンな、恐怖のジャンクボンド(クズ債)

 最近はそうでもないかもしれないが、日本で「会社」といえば人生そのものであり、だから会社を売り買いするTOBは嫌悪された。しかし、そんな風土のないアメリカでは、会社もまた売買の対象となる商品のひとつである。だから、TOBもダイナミックだ。

 ジャンクボンドという滅茶苦茶な手法がある。

 現在、日本のメガバンクの普通預金の金利は0.001%である。たとえば、1000億円でXX株式会社を買収すると考えて、その資金調達のために金利10%の債券を発行する。そりゃあ、申込が殺到するよね。でも、1000億円まで集まるかどうかはわからない。運良く1000億円集まったら、そのカネでXX社を買収して資産をすべて売却する。売値が1100億円以上だったら利益が出る。でも、1000億円集まらなかったら買収は失敗。「売り上げが立たないのでパーです」でお終いである。その瞬間、その債券は単なる紙切れとなる。高い金利はハイリスク、ハイリターンだから。まさにジャンクボンド(クズ債)である。

 このTOB手法は、買収した企業の事業継続を前提としていないところが特徴である。そんな手法は日本の文化にはなじまない。だから実現しないだろう――とは言い切れないところが、現代ニッポンのコワいところだ。

(文=菊地浩之)

菊地浩之

菊地浩之

1963年、北海道札幌市に生まれる。小学6年生の時に「系図マニア」となり、勉強そっちのけで系図に没頭。1982年に國學院大學経済学部に進学、歴史系サークルに入り浸る。1986年に同大同学部を卒業、ソフトウェア会社に入社。2005年、『企業集団の形成と解体』で國學院大學から経済学博士号を授与される。著者に、『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』(平凡社新書、2009年)、『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』(角川選書、2017年)、『織田家臣団の系図』(角川新書、2019年)、『日本のエリート家系 100家の系図を繋げてみました』(パブリック・ブレイン、2021年)など多数。

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