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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

大指揮者カルロス・クライバー「テレーゼ事件」の真相…現代のオーケストラと指揮者の力関係

文=篠崎靖男/指揮者
大指揮者カルロス・クライバー「テレーゼ事件」の真相…現代のオーケストラと指揮者の力関係の画像1
カルロス・クライバー(「Wikipedia」より)

 リハーサル中の指揮者が急に頭をかきむしり、「違う違う、そんな音じゃない!」と叫び、指揮棒を折って帰ってしまう――。そんなふうに指揮者をイメージしている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 しかし、僕がこれまで音大生の頃から多くの指揮者のリハーサルに通い、ウィーン音楽大学指揮科に留学中はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のリハーサルに潜り込み、その後、米ロサンゼルス・フィルハーモニック副指揮者として、すべてのリハーサルに立ち会っていた時代も含めて、そんな光景は1回も見たことがありません。というよりも、指揮者がオーケストラに対して怒っている状況すら見ません。

 こう言うと、もしかしたら同僚指揮者から「篠﨑くんは見たことがないだけで、結構あるよ」と言われるかもしれませんが、それはオーケストラ楽員がいない楽屋での話でしょう。正直、今の時代にオーケストラの前で怒鳴ったりしたら、指揮者は次から呼んでもらえなくなり、ごはんを食べられなくなります。仮に、そのオーケストラの常任指揮者だったとしても、そんなことを繰り返していたら、次の契約時には「残念ながら……」となってしまうことは間違いありません。

 楽員に対してチクチクと嫌味を言う指揮者の話は聞いたことがありますが、そんなことすら昔話です。今は指揮者が指揮棒を折ってオーケストラに怒鳴るような時代ではなく、双方が仲良くやっていかなくてはならないのは、一般社会と同じかもしれません。

 しかし、あるロシアの巨匠などは、若い時にはあまりにも音楽に熱中し、休憩などお構いなしにリハーサルを続け、我慢できなくなった楽員が「マエストロ、トイレに行っていいでしょうか?」と尋ねたところ、「行ってもいいよ。でも明日から来なくていいから」と言ったと聞いたことがあります。もっとひどくなると、昔のアメリカでの話ですが、指揮者が怒りのあまり、奏者に対して一言「出て行け」と言えば、それでその楽員は無職になってしまう時代もあったそうです。

 そんなプロ野球やサッカーチームのようなやり方で人員整理されては、楽員もたまったものではありません。そこで現在では、オーケストラの楽員は何か不当なことがあれば、駆け込むことができる労働組合、国によっては演奏家ユニオンという全国組織に守られています。

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